****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

ἀνακεφαλαιοώ

ἀνακεφαλαιοώ   一つに集める


  • 「一つに集められる」と訳された「アナケファライオー」ἀνακεφαλαιοώは、再びを意味する「アナ」ἀναと「要点をつかむ」を意味する「ケファライオー」κεφαλαιοώの合成語です。新約聖書では2回しか使われていません。一つはローマ13:9、もう一つはエペソ1:10です。ローマ13:9では「要約される」(全部含まれる)と訳され、エペソ1:10では「一つに集められる」(新改訳)、「一つにまとめる」(岩波訳)、「一つに結び合わされる」(フランシスコ会訳)、「帰一せしめる」(柳生訳)などと訳されています。
  • また、「ケファライオー」κεφαλαιοώの名詞「ケファレー」κεφαλήが「頭」(かしら)を意味するため、キリストをかしらとしたからだの概念が想起されます。キリストをかしらとしたからだなる教会の概念はエペソ書特有のものです。エペソ4:15、5:23、コロサイ1:18、2:10, 19を参照。
  • 「いっさいのものが、キリストにあって一つに集められる」(10b)とは、ありとあらゆる存在と出来事が、あるいはこの世に存在するありとあらゆるかかわりが、キリストにあって「統合」されることを意味します。すべてのものがキリストの支配の下に服します。それゆえ、キリストに焦点をあわせなければなりません。私たちひとりひとりの人生の意味も、このイエス・キリストにあってはじめて統合され、統一した意味を持つことができるのです。
  • エペソ1:10で使われているギリシャ語は「アナケファライオーサスサイ」
    άνακεαλαιωσασθαιで、不定法、アオリスト、中間態です。意味としては、キリストが「自分のために」、再び統合、集大成、総括するということを意味します。

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