****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

「あがない主アプローチ」と「父・牧者アプローチ」


「あがない主アプローチ」と「父・牧者アプローチ」

  • 小冊子「いのちのことば」2017.1月号の中に、「豊かな信仰を目ざして」という表題(連載の最終回「教会学校・キャンプで何がー子どもに伝えたい神さまイメージ」)の文書を読みました。執筆者は、現在、牧師であり、インマヌエル聖宣神学院院長をしておられる河村従彦(かわむらよりひこ)師です。河村師は臨床心理士でもあり、神のイメージ理論について研究した博士論文を書いておられます。月刊誌「いのちのことば」の小冊子の中に掲載された文書(24~25頁)の中の提言は、この論文に基づいているようです。
  • 河村師が提言しておられることを、以下に引用して紹介したいと思います。

●私たちは、いつ、どのような神さまイメージを取り込むのかを自分で選択できません。しかし、次の世代にバトンを渡すときには、そのあたりのことを意識する必要があります。

●回心を大切にする宗派では、対象が子どもであっても、人間に罪があること、十字架がその解決であることを示し、決心を促すことがあります。これを「あがない主アプローチ」と呼ぶことにします。ところが、神さまイメージ理論からすると、このアプローチには考えなければならない微妙な点が残ります。幼少期に「あがない主」を提示された場合、「あがない主と「裁判官・王」がドツキングして、否定的なイメージとして取り込まれる可能性があるということです。さらに、これが深刻なのですが、幼少期に否定的な神さまイメージを取り込むと、心理的発達にとって重要な基本的信頼感が低下し、逆に劣等感は高くなる傾向があります。そうすると、アイデンティティーのプロセスにギクシャクが生じます。・・教会学校やキャンプで、・・子どもに罪人であることを教え、決心を促すような方法は、やりようによってはその子の発達に負の影響を与える可能性があることを心に留めておく必要がありそうです。

●少し発想を変えて、「あがない主」より前に「父・牧者」のイメージを提示するほうがよいかもしれません。これを「父・牧者アプローチ」と呼ぶことにします。肯定的な神さまイメージは自己肯定感と基本的信頼感を高め、その後の心理的発達を促します。そして、人生のしかるべき時に、背伸びをしない、ありのままの状態で「あがない主」である神さまに出会うことができれば、人間形成という点でバランスがよいのではないかと思います。


2017.3.31


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