****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

「この岩の上に、わたしの教会を建てる」

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71. 「この岩の上に、わたしの教会を建てる」

【聖書箇所】マタイの福音書16章18~20節

ベレーシート

●前回、イェシュアが弟子たちに、「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」と尋ねたのに対して、シモン・ペテロが答えました。「あなたは生ける神の子キリストです」と。これがいかに重要な告白かを私たちは理解する必要があります。イェシュアはご自分のことを「人の子」と言っていました。ご自分が「キリスト」であるとは一言も言っていません。しかし、イェシュアこそ旧約で預言されたメシアなのです。シモン・ペテロの告白を聞いたイェシュアは、「あなたは幸いです。このことをあなたに明らかにしたのは血肉ではなく、天におられるわたしの父です」と言われました。

●マタイの福音書16章のピリポ・カイサリアでのこのやり取りは、この福音書の分水嶺と言われます。なにゆえに分水嶺と言われるのでしょうか。それは、イェシュアがこれまで語られなかったこと、なされなかったことが、この時点を境にして始まっていくからです。前回、イェシュアは弟子たちに「人々は人の子をだれだと言っていますか」と尋ねました。すると弟子たちは「バプテスマのヨハネだと言う人たちも、エリヤだと言う人たちもいます。またほかの人たちはエレミヤだとか、預言者の一人だとか言っています」と答えました。これはイェシュアが預言者として人々の目に映っていたことを示しています。このことについて、イェシュアは一切否定していません。事実、そうであったからです。ただ、イェシュアが預言者としての務めを果たしただけだとしたら、マタイの福音書1章で御使いがヨセフに語ったように、「この方がご自分の民をその罪からお救いになる」というイェシュアという名前の意味と、また「その名はインマヌエル(神が私たちと共におられる)と呼ばれる」という預言とが成就することは決してないのです。イェシュア、およびインマヌエルという名前の意味することが実現するためには、イェシュアのキリスト(メシア)としての職分が完全に果たされなければならないのです。メシアとは、「預言者祭司」としての務めが、神からの油注ぎを受けて完全に果たされることです。この務めを果たすために、イェシュアが神の御子として遣わされたことを信じ理解することが、御国の民となるために必要不可欠なことなのです。ですから、イェシュアが預言者としての務めを果たしたとしても、それだけで神のご計画を実現することはできないのです。また、イェシュアがこの時代のユダヤ人たちが期待するような、つまりロ―マの支配から解放してくれるような王となったとしても、やはりそれだけでは神のご計画を実現することができないのです。神のご計画が正しく実現されるためには、イェシュアが祭司としての務めを果たすことがどうしても必要だったのです。しかし、このことが当時のユダヤ人には全く理解できなかったのです。なぜなら、当時のユダヤ社会には伝統的な確固とした祭司制度が厳然として存在していたからです。しかしその祭司制度はすでに固定化し、いのちは枯渇し、儀式も形骸化したものとなっていました。イェシュアがメシアとして神のみこころにかなった祭司としての務めを実現されるためには、革命的な戦いを余儀なくされていたのです。

メシアの三つの務めの中で最も重要な務めは祭司の務めです。それが預言者の務めと王の務めを導きます。つまり、神のみことばとそのみこころを民に告げる預言者の務めも、神の代理者として神の民を治め支配する王の務めも、すべてはこの祭司の務めにかかっているのです。また、預言者は御国が完成するまでの一時的な務めにすぎませんが、祭司と王の務めは永遠に存続するのです。それゆえ、祭司的な務めを回復することはきわめて重要なのです。その戦いがいよいよ本格化していくという意味で、16章は分水嶺となる箇所なのです。このような流れの中で、今回のテキストを学んで行きたいと思います。

【新改訳2017】マタイの福音書16章18~20節
18 「そこで、わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。
わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。
19 わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます。」
20 そのときイエスは弟子たちに、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と命じられた。

●わずか3節のイェシュアのことばですが、その1節1節を味わって行きたいと思います。

1. わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます 

●まず、18節に目を留めたいと思います。「そこで、わたしもあなた言います」とは、バルヨナ・シモンが「あなたは生ける神の子キリストです」という告白をしたので、「わたしもあなたに言う」と言って告げたことばが18節以降のことばです。つまり、キリストとはどういうものかを語ろうとしているのです。

(1) 「あなたはペテロです」

●「あなたはペテロです」の「ペテロ」は「ペテロス」(Πέτρος)です。そして「わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます」の「」は「ペトラ」(πέτρα)となっています。「ペテロス」は「小さな岩、石ころ」を意味し、「ペトラ」は「大岩、岩盤」を意味します。つまり、その大岩・岩盤の上に、イェシュアはご自分の教会を建てようと言っているのです。この「ペトラ」(大岩・岩盤)とは何でしょうか。それは、ペテロがした「あなたは生ける神の子キリストです」という告白です。その告白の上に、イェシュアはご自分の教会を建てると言っているのです。

●聖書協会訳は「あなたはメシア、生ける神の子です」と訳しています。つまり、聖書協会訳(新共同訳)は、一部を除いて、キリストという訳語を使わずにメシアと訳しています。逆に、新改訳の場合はメシアという訳語は一切使わずキリストで統一しています。「キリスト」はギリシア語の「クリストス」(Χριστός)の訳語。「メシア」はヘブル語の「マーシーアッハ」(מָשִׁיחַ)の訳語で、いずれも「油注がれた者」という意味であり、預言者、祭司、王に対して使われます。この三つの務めを兼ね備えた人物はダビデですが、そのダビデはイェシュアを指し示す型です。

(2) 「わたしの教会」

●「教会」と訳されたギリシア語は「エックレーシア」(ἐκκλησία)です。これは二つの語彙からなっています。「~から出る」という前置詞「エク」(ἐκ)と「呼び出す、集める」を意味する「クレーシア」(κλησία)で、二つを合わせると「神によって(世から)呼び出された者、召し出された者、集められた者」という意味です。教会のへブル語訳は「ケヒッラー」(קְהִלָה)で「集会、会衆」を意味します。したがって、「神の教会」という場合、「ケヒッラット・エローヒーム」(קְהִלַּת אֱלֹהִים)と表記します。

●今日においても「教会」ということばを使わずに、「集会」ということばを使っている団体があります。「エックレーシア」(ἐκκλησία)という語彙は福音書ではマタイのここが初出箇所で、あと一つ、マタイ18章17節にあるのみです。他は「使徒の働き」から「黙示録」まで含めて(ペテロとユダを除いて)112回使われています。ペテロは「教会」ということばを用いずに、「神の民」ということばを用いています(Ⅰペテロ2:10)。

●なぜイェシュアは「わたしの教会」と言ったのでしょうか。それはイェシュアをメシアと告白する新しい会衆による集会を立ち上げるためでした。これは旧約聖書においては隠されていましたが、この奥義を啓示されたのは使徒パウロでした。パウロは教会のことを「新しい一人の人」(One Newman)ということばで表しました。それはイスラエルとは異なる会衆―ユダヤ人と異邦人からなる会衆―なのです。

【新改訳2017】エペソ人の手紙2章13~16節
13 しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者と
なりました。(※「あなたがた」とは異邦人のこと)
14 実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、(※「私たち」とはユダヤ人と異邦人のこと)
15 様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、
16 二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ・・ました。

(3) 「建てます」

●「建てます」と訳された「オイコドメオー」(οἰκοδομέω)は未来形です。いつ教会が始まったのかと言えば、それはイェシュアが復活されてから50日目のペンテコステです。神がご自分の家を「建てる」というのは、神のご計画における重要な概念です。創世記2章18節に「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう」とありますが、この「造ろう」と訳されているヘブル語の「バーナー」(בָּנָה)が「建てる」を意味しています。ちなみに、上記に引用したエペソ書2章15節の「ご自分において新しい一人の人に造り上げて」の「造り上げて」は「創造する」を意味する「バーラー」(בָּרָא)で、イェシュアの十字架の死と復活によって造り上げてくださった一回的な歴史的出来事によるものなのです。神のご計画の究極の目的は、神と人とが共に住む家を新しく創造して、そこに神と人とが永遠に住むことなのです。その救いは、エデンの園、幕屋、神殿、御国の概念と全く同じです。ただ構成員が異なるだけです。つまり、神に呼び集められた会衆(エックレーシア=教会、英語ではコングリゲーション)は、イェシュアがメシアだと信じる者たちのことであり、ユダヤ人のみならず、異邦人をも含んでいるのです。聖書ではユダヤ人と異邦人の区分けしかありません。

(4) 「よみの門も打ち勝てない」 

●「よみの門もそれに打ち勝つことはできません」とあります。「よみの門」とはどういう門でしょうか。「よみ」とは「ハデース」(ἅδης)で、それは「死者が終末のさばきを待つ間の中間状態で置かれる場所」、すなわち、死者の行く場所(地の底)を意味します。ヘブル語では「シェオール」(שְׁאוֹל)で「死の家」です。したがって、「よみの門」とは死者たちが行く家の門のことであり、死者を閉じ込めて、絶対に外にでないようにさせているものです。それに対して「教会」は神の支配する家であり、そこは天に通じる門があります。「門」は町を敵から防御するためにありますが、同時に、「門」には力や勢力という意味があります。ですから、よみの門は天に通じる門を持つ教会に対して「打ち勝つことができない」と言い表されているのです。なぜなら、教会は死から勝利するイェシュア・メシアが土台(頭石)となっているからです。屋根に十字架のある建物が教会だと思い違いをしてはなりません。教会とは建物ではなく、霊的なものなのです。教会とは「神によってこの世から呼び出されて、イェシュアこそメシアであることを信じて、よみの門もそれに打ち勝つことができない力を与えられているところの会衆」のことです。また、教会は「不法の者」と呼ばれる反キリストの現われを引き止めている存在でもあるのです(Ⅱテサロニケ2:6~7)。これについては学ぶことが多くありますが、またの機会にしたいと思います。

2. わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます

19 「わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます。」

(1)「天の御国の鍵」

●「天の御国の鍵」とは、御国の門を開くことのできる鍵のことです。ここで「あなた」を意味するのは直接的にはペテロのことを指していますが、弟子たち(使徒たち)を代表していると解することができます。というのも、「鍵」が複数形になっているからです。「天の御国の鍵」が与えられるということは、天の御国についての権威が与えられるということであり、そもそもメシアに与えられた権威という鍵を主の弟子たちにも与えたということです。

【新改訳2017】イザヤ書 22章22節
わたしはまた、彼の肩にダビデの家の鍵を置く。彼が開くと、閉じる者はなく、彼が閉じると、開く者はない。

●このイザヤ書のことばにある「彼」とは、直接的にはヒゼキヤ王の執事であったシェブナが失脚し、代わって立てられた「エルヤキム」を指しています。彼の肩にダビデの家の鍵を置くというのは、彼が王の権威を代表しているからです。ちなみに、昔の鍵は大変大きなものであったので、「肩に置く」という言いた方がなされています。そのダビデの家の鍵は、イェシュアの王としての務めの型を預言しています。ヨハネの黙示録3章7節には、イェシュアが「ダビデの鍵を持っている方」と記されています。

【新改訳2017】ヨハネの黙示録黙3章7節
また、フィラデルフィアにある教会の御使いに書き送れ。『聖なる方、真実な方、ダビデの鍵を持っている方、彼が開くと、だれも閉じることがなく、彼が閉じると、だれも開くことがない。その方がこう言われる──。

●カトリック教会はマタイ16章19節の「鍵」が、そのままペテロに与えられたものと解釈し、そのペテロの後継者である教皇が全教会における権威を裏付けていると解釈しています。プロテスタント教会の場合は、イェシュアからペテロひとりではなく、使徒たち全員に、さらに御国の民全員に天の御国の鍵を委ねられ、行使できるものと解釈されています。

(2) 「つなぐ」と「解く」とはどういう意味か 

●王的権威の象徴である「鍵」を行使することによって、教会は「地上でつなぐことは天においてもつながれ、地上で解くことは天においても解かれます」ということが可能となることをイェシュアは述べています。この「つなぐ」とか「解く」とはどういうことでしょうか。これは口伝律法(ミシュナー)におけるラビ的用語だと言われています。というのは、ラビたちは自分たちの共同体から聖書の律法(トーラー)の解釈について絶えず相談を受けていました。そして彼らはその解釈において、ある種の活動が「つなぐ」、すなわち「禁ずる」こと、あるいは「解く」、すなわち「許す」ことだという裁定をしていたのです。「つなぐ」「解く」、「禁じる」「許す」、いずれにしても、これらはいわば王的務めをあらわす用語なのです。イェシュアは教会に対して、王的務めとして、ある事柄において「許可し、禁じる」という権威を与えていることを教えています。これが「あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます」という意味なのです。

3. メシアの秘密

20 そのときイエスは弟子たちに、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と命じられた。

●最後に、イェシュアは弟子たちに一つの忠告を与えます。「ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない」と。なぜイェシュアは忠告したのでしょうか。そのことが今回のメッセージの焦点であり、分水嶺だと言われる所以なのです。もう一度、これまでのイェシュアと弟子たちのやり取りを振り返ってみましょう。まず、イェシュアはご自分のことを「人々はだれだと言っていますか」と尋ね、多くの者たちがイェシュアのことを「預言者」だと言っていることが分かりました。このことは間違っていません。「神は昔、預言者たちによって、多くの部分に分け、多くの方法で先祖たちに語られましたが、この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました」(ヘブル1:1~2)とあるとおりだからです。

●次に、イェシュアは弟子たちに「あなたがたはわたしをだれだと言いますか」と質問しました。すると弟子の筆頭であるペテロが「あなたは生ける神の子キリストです」と答えて、イェシュアを驚かせました。しかも、この告白は天の父が啓示しなければ言えない告白だとしました。この告白がとても重要な事柄なのですが、ペテロが「あなたはキリスト(メシア)です」と言ったとしても、その意味するところをペテロが正しく理解していないことをイェシュアは知っていたのです。そこで、イェシュアはペテロが告白したこと(ペトラ=大岩・岩盤)の上に、わたしの教会を建てるという計画を話され、その教会に王的権威を与えることを、「天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます」ということばで言い表したのです。ここまでの話で欠けているものがあります。それは祭司的務めです。この働きなくしてイェシュアがキリスト(メシア)であるとは言えないのです。

メシア.PNG

預言者的務めはすでに果たされました。そしてやがて死と闇の勢力に打ち勝つ王的務めが果たされるのはキリストの再臨後のことです。当時の人々はイェシュアに、その王的権威をもってローマの支配から自分たちを解放してくれるように期待していました。しかしその前に果たさなければならない務めがあります。それが祭司的務めなのです。イェシュアはこの務めを果たすために人となってこの世に来られたのでした。このことを学ぶことで、なぜ人間が神のかたちに造られたのかが理解できます。この点については、また改めて学ぶことといたします。

●この祭司的務めを真に理解するまでは、ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、とイェシュアは言われたのです。そして、イェシュアが「受難と復活に対する予告」をしたのが、21節からの出来事です。

【新改訳2017】マタイの福音書16章21節
そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。

●これは次回に取り上げますが、まさにこれこそ祭司的務めの骨頂なのです。

ベアハリート

●今日は、キリスト(メシア)には三つの務めが果たされなければならないこと、そして、とりわけ祭司としての務めが重要であることを心に留めていただきたいのです。祭司の務めについてはヘブル人への手紙を深く学ばなければなりませんが、以下のみことばをそれぞれ考えてみてください。

【新改訳2017】ヘブル人への手紙2章9~10節
9イエスは死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠を受けられました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
10 多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者を多くの苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の目的であり、また原因でもある神に、ふさわしいことであったのです。

●特に、最後の「神に、ふさわしいことであった」という意味を、この一週間、一人ひとり黙想していただければと思います。

2020.2.23
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