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「七十年」と「主の燃える怒り」という語彙

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28. 「七十年」と「主の燃える怒り」という語彙

【聖書箇所】 25章1節~38節

ベレーシート

  • 25章は二つの部分からなっています。そのひとつ(1~14節)は、エレミヤ記第一部の終結部であり、もうひとつ(15~38節)同時は、ユダ、および周辺諸国に対する主のさばきの宣言が預言されています。
  • それぞれの部分から、一つずつキーワードを選びます。前半の部分からは「七十年」、後半の部分からは「主の燃える怒り」です。特に、前者のキーワードはエレミヤ記で初めて登場します。

1. 「七十年」の意味

画像の説明

  • 当時のアッシリヤは力が衰え,新興してきたバビロンがこれを西北方へ押しやっていました。アッシリヤ王とその軍隊はバビロン軍に追われ,ユーフラテス川上流のカルケミシュまで追い詰められます。このアッシリヤへの援軍のためにエジプトのバロ・ネコが北上するという情勢の中で、それを阻止しようとしたユダの王ヨシヤは軍を率いてメギドの平地でエジプト軍に戦いを挑みました。パロ・ネコは「ユダを攻めるのではないから、軍を引け」と忠告しましたが、ヨシヤは聞き入れず、この戦いで彼は不慮の戦死を遂げました。B.C. 609年、ヨシヤの死は、後の時代の背教と南王国滅亡という事態へと(坂道を転げ落ちるように、だれもとめることのできない事態へと)急転する引き金となっていきました。
  • エレミヤ書25章は、エレミヤ書全体の第一のまとめ的な部分です。主はユダの民に預言者をたびたび送ったにもかかわらず、彼らはそれを聞こうと耳を傾けることがなかったと結論付けています。そのために、主は「わたしのしもべバビロンの王ネブカデレザルを呼び寄せて、この国と、その住民と、その回りの国々とを攻めさせ、これを聖絶して、・・永遠の廃墟とする」というものでした。・・これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。」(25:9~11)。さらに「七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民、・・を彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。」(25:12)
  • ちなみに、「七十年」はヘブル語で「シヴイーム・シャーナー」(שִׁבְעִים שָׁנָה)と言います。「シヴイーム」(שִׁבְעִים)は「シェヴァ」(שְׁבַע)の複数形。動詞の「シャーヴァ」(שָׁבַע)は「誓う」という意味があります。アブラハムが井戸のことでアビメレクともめたときに、その井戸がアブラハムのものであるということを共に誓ったとき、七頭の小羊をアブラハムはアビメレクに与えて契約を結んでいます。その場所を「ベエル・シェバ」と名づけました。「ベエル」とは井戸のこと。
  • 「七十年」という歳月は神の計画において重要な期間であったはずです。ヨシヤ王の死によって、サムエルが制定したイスラエルの王制の理念が終結したときから、バビロンでの捕囚が解放される時まで、正確に「七十年」なのです。あるいはこの「七十年」をエルサレムの神殿が破壊されて、ユダの民が捕囚となったB.C.586年から神殿が再建されたB.C.515年の期間だという解釈もあります。
  • いずれにしても、後に、ダニエルがこの「七十年」の終わりが近いことを知り、悔い改めの祈りをしていた時、御使いのガブリエルが、ダニエルに神からの「一つのことば」を伝えるためにいち早く飛んで来て、「あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている。このことを悟るように」と伝えました。この「七十週」には厳密には「七十週年」(490年)のことで、このことを悟ることが求められました(ダニエル書9章)。

2. 「主の燃える怒り」についての歴史的顕現

  • 25章には「主の燃える怒り」というフレーズが37節と38節に出てきます。このフレーズは出エジプト記、民数記、申命記、ヨシュア記、列王記下などにも登場しますが、エレミヤ記は他以上に使われています(9回)。そもそもエレミヤという預言者はこの「主の燃える怒り」について語った預言者だからです。
  • ヘブル語ではこのフレーズを「ハローン・アフ・アドナイ」と言います。

画像の説明

  • 「ハローン」(הַרוֹן)は、「燃える怒り」を意味します。同じく「アフ」(אַף)も「怒り」を表す名詞ですが、接続詞として使われる場合には、追加「・・もまた」や強調「しかもまた」を意味します。ここで名詞として使われ、怒りを表す語彙が重ねられて「燃える怒り」となっています。
    エレミヤ記では他に、4:8, 26/12:13/30:24/49:37/51:45です。特に30章24節には「主の燃える怒りは、御心の思うところを行なって、成し遂げるまで去ることはない。終わりの日に、あなたがたはそれを悟ろう。」とあります。
  • 以下の引照箇所を調べることによって、「主の燃える怒り」が歴史のどの場面で表されたのかを知ることが出来ます。

    出エジプト15:7/32:12、民数記25:4/32:14、申命記13:17/29:24、ヨシュア記7:26、サムエル上28:18、歴代誌下28:11/29:10/30:8、エズラ10:14、ヨブ20:23、詩篇2:5/69:24/78:49/85:3/88:16、イザヤ7:4/13:9, 13/42:25、哀歌1:12/4:11、エゼキエル7:12、ホセア11:9、ヨナ3:9、ナホム1:6、ゼパニヤ2:2。

  • ちなみに、「怒りの杯」という象徴的表現は、エレミヤの時代になってから現われます。酒杯は主の怒りを表わし、それは恐るべき刑罰と同義語でした。

2013.3.5


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