****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し完成します。******

「律法に書かれているとおりに」

3. 「律法に書かれているとおりに」

〔聖書箇所〕3章2, 4節

はじめに

  • ユダに帰還した民はそれぞれ自分たちの町々に居を定めたのち、最初にしたことは、「第七の月」(現在の9~10月頃)に、民たちが「いっせいに」(新改訳)、「ひとりのように」(口語訳)、「一人の人のように」(新共同訳)、エルサレムに集まってきました。原文は「ケイーシュ・エハード」(כְּאִישׁ אֶחָד)なんと麗しい光景でしょう。民たちは主に「心を奮い立たせられた」だけでなく、こぞってエルサレムに集まり、「モーセの律法に書かれているとおりに」、主の祭壇を築いていけにえをささげ、仮庵の祭りを祝いました。そのあと(材料調達のために半年程遅れて)主の宮(神殿)の再建工事を始めたのです。その工事においても、その工事を指揮する者たちの間に「一致」があったことを聖書は記しています(3:9)。また、神殿の定礎式には、祭司とレビ人が「イスラエルの王ダビデの規定によって」主を賛美しようしたことか記されています。
  • ここ3章には、神殿再建における重要な要素がすべてあります。それは、自発的・主体的に「聖書の規定に従うこと」と主にあって「一致すること」です。これはいつの時代においても、神のみこころが刷新されために、神の民が再建されるために、なくてならない必要条件です。
  • 「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きむなしいのです。」そうならないために、神の民の心が聖書(みことば)に従い、一致した心をもって取り組むことが求められます。


    PLUGIN_SIZE_USAGE

    1. 「第一の戒め」の回復のはじまり

  • ユダに帰還した民が最初の年にしたこと。
    その第一は、モーセの律法に書かれているとおりに、「主の祭壇を築いていけにえをささげたこと」。
    第二は、「仮庵の祭りを祝ったこと」。
    第三は、「主の宮(神殿)の再建に着手して定礎式をしたこと」
    です。これらの一連の出来事は、主なる神を第一にする姿勢を鮮明にする行為です。それはまさに主イエスの言う「第一の戒め」(「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」)の回復の取り組みでした。
  • 「モーセの律法に書かれているとおりに」ということばが目に着きます。バビロンで捕囚となっていた神の民はただなにもせずに居たわけでありません。神のバビロンでの民のお取り扱いの意図は、再び、神のみおしえ(トーラー)の尊さに目を開かせ、それを、心を尽くして求めさせることでした。詩篇119篇を代表とする「みことば詩篇」(詩1篇、19篇、等)はまさにその結実と言えます。
  • 主に奮い立たせられて帰還した民たちは、十分に「モーセの律法に書かれているとおり」生きる備えが出来ていたと言えます。その第一歩が上に述べた事柄でした。神とのかかわりにおいて、第一のことを第一にするという優先順位の確立こそ、新しい意味のあることの始まりなのです。
  • 神殿の礎が据えられた時、祭司やレビ人たちは「ダビデの規定によって」(10節)主を賛美しました。「モーセの律法に書かれているとおりに」(2, 4節)という言葉と「ダビデの規定によって」ということばは、同義です。モーセの律法には、幕屋礼拝の規定はありますが、神殿礼拝における賛美の規定は存在しません。幕屋礼拝は動物のいけにえ中心の礼拝ですが、ダビデの目指した礼拝は賛美を中心とする礼拝です。ソロモン時代に実現した神殿礼拝ではその二つの流れが総合されています。いずれにしても、神がモーセを通して、あるいはダビデを通して現わされた礼拝の規定にそって、神への礼拝を回復する必要がありました。
  • ダビデが主の「契約の箱」をエルサレムに運び上ったことは、歴代誌第一16章に記されています。そこでは祭司たちは角笛とラッパを吹きならし、レビ人はシンバルを鳴らし、十弦の琴、立琴を響かせながら、「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みとこしえまで」と賛美しました。しかし、エズラ記3章では、主の宮の礎が築かれたことで主を賛美して大声で喜び叫びましたが、そこにはラッパとシンバルしか出てきません。あとの楽器はどうしたのでしょうか。あのバビロンの川のほとりの「柳の木々に立て掛けた立琴」(詩篇137:2)はどうなったのでしょうか。
  • 「神の国とその義とを第一に求めなさい」と主イエスは言われました。神の統治による支配と神とのかかわりを第一にするなら、生存と防衛の保障は与えられるというのが神の約束ですが、そうした信頼がこれからもゆるぐことなく保つことができるかどうか試されようとしています。これは今日に生きるキリスト者ひとりひとりにおいても変わりません。

2. 一致の中にも存在する「喜びの叫び」と「泣き声」の複雑な思い

  • 神殿の定礎式がなされたとき、神の民たちの間に、大きな「喜びの叫び」と大きな「泣き声」が聞き分けられないほどに入り混じりました(12節)。後者の「泣き声」、「大声をあげて泣いた」のは、「祭司、レビ人、一族のかしらのうち、最初の宮(ソロモン神殿のこと)を見たことのある多くの老人たち」でした。なぜ泣いたのでしょう。しかも、大きな声で。前者のように純粋に「喜んで」感動したとは思えません。むしろ、複雑な思いがそこにあったのではないかと推察します。なぜなら、ダビデ・ソロモン時代の神殿における栄光に満ちた壮大な賛美礼拝を知っていた老人の「泣き声」は、失ったかつての栄光を思い出したからではないかと思います。詩篇137篇の「シオンを思い出して泣いた」者がそこにいたとしたら、おそらく、大きな声で泣いたに違いありません。
  • まだ、神殿の土台を据えた段階です。果たして、新生イスラエルがダビデの時代にまでその栄光を回復することができるのか。それは今の段階では未知数です。
  • 「定礎式」で喜びの声を上げた民たちが、いよいよこれからあらゆる困難な局面に対しても、なおも神を愛し、神を喜べるかどうか、次章から問われるのです。信仰の戦いーそれは神に対する信頼の戦いでもあるのです。

a:2741 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional