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「甘い」

詩119篇(11)「甘い」 מָלַץ マーラツ

(カテゴリー: 賛美・喜び)

103節「あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。」

Keyword; 「甘い」 sweet, 119:103

  • 「甘い」と訳された動詞はマーラツמָלַץ(malats)で主篇119篇独自の言葉です。このことばは旧約の中でもここ詩119篇103節にしか使われていません。しかしとても印象的なことばです。「なんと甘いことでしょう」を、岩波訳は「なんと滑らかなことか」と訳しています。
  • 類義語にマータク מָתַק(mataq)があります。用例としては、出エジプト記で民が苦い水でつぶやいた時、主はモーセに一本の木を示し、それを苦い水に投げ入れると水は甘くなったとあります(15:25)。つまり、水が美味しく飲めるようになったということです。次の用例としては、「私たちは、いっしょに仲良く語り合い」(詩篇55:14)とあるように、楽しい交わりを意味しています。enjoy sweetです。詩篇19:10の「それらは・・蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。」、箴言16:24の「親切なことばは蜂蜜、たましいに甘く、骨を健やかにする。」、雅歌2:3の「私の愛する方が若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。」とあるように、これらの「甘い」は、いずれもマータクמָתַק(mataq)の形容詞マトゥークמַתוּק(matoq)が使われています。また、サウルの息子ヨナタンは戦場での疲れの中で蜂蜜をー少しばかりでしたがー食べると「目が輝いた」とあります(サムエル第一、14:27)。「目が輝く」とは、力や元気が回復することを意味します。甘いものは比較的、即効的に、エネルギーへと換えられます。
  • マーラツמָלַץ(malats)にしても、マータクמָתַק(mataq)にしても、「甘い」という味覚用語の意味するところは、①美味しい ②貴重なもの ③元気が出る(元気づけられる) ④心地よい ⑤快い・・といった意味合いがあるようです。
  • 詩篇ではみことばを知性的な領域だけでなく、感覚的な領域でも味わう表現が多く見られますが、それらは赤子が母親に抱かれている感覚に近いものだと思います。赤子は知性としては理解できなくとも、母親の愛を日々五感によって感じ取っています。視覚を通して母親の愛のまなざしを、聴覚を通して母親の優しい声を(時には危険や禁止の声を)、触覚を通して母親の温かいぬくもりを、臭覚を通して母親の存在のにおいを、味覚を通して母親の愛を感じ取っています。同様に、神の子である私たちも、視覚によって神の愛のまなざしを見、聴覚を通して神の御声を聞き、触覚によって癒しや導きを感じ、臭覚によってキリストの香りを嗅ぎわけます。味覚によって神のことばの甘さを味わう者とされています。神とのスウィートな愛の交わりをより楽しむ者でありたいと思います。
  • のちにこうしたみことばの読み方は「レクチオ・ディウィナ」(聖なる読書)と言って、ゆっくりとあじわいながら読むという祈りのかたちをもたらしました。一つひとつのことばをゆっくり、味わうように、さわるように、反芻するように読むのです。「非常にゆっくりと読む」ということは決してやさしくありません。自転車を低スピードで乗ることが難しいように、聖書をゆっくり読むことはそれなりの修練がいるのです。

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