****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し完成します。******

「豊かな収穫」をもたらす初めと後の雨

4. 「豊かな収穫」をもたらす初めと後の雨

聖書箇所; ヨエル書2章23~32節

【新改訳改訂第3版】ヨエル 2:23
シオンの子らよ。あなたがたの神、【主】にあって、楽しみ喜べ。
主は、あなたがたを義とするために、初めの雨を賜り、大雨を降らせ、
前のように、初めの雨と後の雨とを降らせてくださるからだ。


【新改訳改訂第3版】 ヨエル2:28~32
その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。

わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。血と火と煙の柱である。【主】の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、【主】の名を呼ぶ者はみな救われる。【主】が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、【主】が呼ばれる者がいる。


はじめに

  • 聖霊について考えるとき、私たちは聖霊がどのように自分たちに働くかということにとらわれ過ぎてしまうことがあります。しかし、今回の「雨」というシンボルによって聖霊のことが語られる場合、それは個人的な事柄を超えた神の救いの全体的なご計画における奥義と神の民の民族的な救い(ユダヤ人の民族的救い)にかかわる内容を含んでいるように思います。つまり、聖霊の「雨」としての象徴は神の救済史的枠組における聖霊としての働きを指し示しているということです。

1. ヨエル書の「雨」と聖霊降臨(ペンテコステの出来事)とのかかわり

  • 使徒ペテロがペンテコステ(五旬節)の日に、ヨエル書2章後半の箇所(2:28~32)を引用したことは有名です(ただし、ヘブル語聖書【タナク】では、2章28~32節が3章となり、新改訳や口語訳の3章は4章になっています。新共同訳、岩波訳はヘブル語聖書に従っている)。ペテロはヨエルの預言がペンテコステの日に実現したとしています。また、使徒パウロも、イスラエルの民だけでなく異邦人も「主の御名を呼ぶ者はだれでも救われる」という論拠として同じくその箇所から引用しています。しかし、本来的には、ヨエル書の預言は、個人的な性別、年齢の制限を超えたものを含みながらも、主としてイスラエル(ユダヤ人)の民族的救いに適用されるものです。結論的に言うならば、ペテロが引用したヨエル書の預言(2:28~32)は、未だ完全には成就していないのです。
  • ヨエル書2章12節以降には、イスラエルの民が主の召しに答え(12~17節)、民が心から主に立ち返る日のことが語っています。そのとき、主はその民をあわれまれて、彼らが諸国民のうちでそしりを受けないようにしてくださるのです(18, 19節)。すなわち、「北から来るもの」を遠ざけて(20節)、主はイスラエルの地を祝福しくださり、そのようにして、イスラエルの民は主が彼らのうちにいますことを知るようになる(23~27節)とあります。その後で、主は主の霊をすべての者に注ぐと約束されているのいるのです。―これがペテロによって引用された有名な預言の箇所です。
  • しかし、その預言はまだ完全には成就されていません。なぜなら、「イスラエルの民はみな救われる」(ローマ11:26)ということが起こっていないからです。確かに、最初のペンテコステは「初めの雨(秋の雨)」としてすでに2千年前に降りました。しかし、大収穫の「後の雨(春の雨)」はまだです。これが降るときは第二のペンテコステということができます。大艱難時代の終わり頃に、第二のペンテコステによってイスラエルの民は民族的に覚醒して救われ、その後にキリストの再臨がなされて千年王国がやってきます。それ以前に主にあるクリスチャンたちは空中に携挙されていますが、ユダヤ人の民族的救いの実現なしには異邦人クリスチャンの救いの完成もないのです。このつながりについて日本の多くのクリスチャンは気づいていないように思います。ですから、ユダヤ人に対して無関心であり、そのことを記しているローマ書9~11章(特に、11章)を魚の骨のように丸ごと捨てているのです。
  • イスラエルの民(字義的にはユダヤ人)が民族的に神に立ち返って救われることとキリストの再臨は密接な関係をもっています。私たちはその意味で、ヨエル書の言う「後の雨」が注がれることを祈り待ち望まなければなりません。異邦人クリスチャンの復活と空中携挙もユダヤ人たちの救いと密接にかかわっているからです。異邦人クリスチャンはユダヤ人に接ぎ木された存在であることを忘れてはならないのです。
  • 教会がイスラエルに取って変わったとする「置換神学」(私も神学校では置換神学を教え込まれました)は聖書的ではありません。キリストの平和とは、ユダヤ人と異邦人が文字通り一つとなることであり、約束の共同の相続人となることです。聖書のいう「ユダヤ人と異邦人との間にある隔ての壁」は、人間が作り出すありとあらゆる隔ての壁の原初的モデルでもあります。人間の罪性がもたらす根深い問題です。イエス・キリストの十字架だけがこの隔ての壁を打ち壊して平和を実現することができます。しかし、現段階においては未だこの隔ての壁は立ちはだかっています。それゆえ「後の雨」が降らなければなりません。ペンテコステの日にペテロが語った「これは、預言者ヨエルによって語られた事です。」とは、「初めの雨」(ヨエル2:23)に過ぎません。「後の雨」はまだ降り注いでいないのです。
  • 聖書でいう「終わりの日」、あるいは「主の日」、「その日」についての理解において、旧約の預言の特徴としての「二重性」があることを考慮する必要があります。つまり、「終わりの日」には「第一次の成就」と「第二次の成就」があるのです。ここでの第一次の成就はペンテコステとともに始まったキリスト教会の時代を意味し、第二次の成就はキリストの再臨前の第二のペンテコステを意味します。後者ではユダヤ人が「民族的な救い」をすることが預言されているのです。この預言の「二重性」を承認し理解することができいないときに大きな混乱を招いてしまうようです。また、「置換神学」も混乱を招いている要因なのです。

2. 大収穫は「後の雨」に依存している

  • 聖書の舞台となっているパレスチナは、4月から10月頃まで続く長い「乾季」と、10月の終わりから始まる「雨季」があります。「雨季」は乾季で岩のように硬くなった地を柔らかくするための激しい雨が降ることからはじまります。柔らかくなった地を耕して種をまくのです。この「雨」を「先の雨」(あるいは「秋の雨」)と言います。そのあと、12~2月にかけて間欠的に激しい雨が降り、やがて春の収穫時期が近づくと、穀物を十分に実らせるためのものすごい勢いの雨が降り始めます。この雨を「後の雨」(あるいは「春の雨」)と言います。二つの雨―「先の雨と後の雨」、「秋の雨と春の雨」―が降らなければ、種まきも刈り入れもできないのです。その間にも間欠的に降る雨は、歴史の中にみられたリバイバルと考えることができます。これからもそうしたリバイバルは起こる可能性がありますが、それと最終的な大収穫をもたらす雨とは質が異なります。最終の大収穫は、聖書によればユダヤ人の民族的救いが定められているのです。

画像の説明

  • 多くのユダヤ人たちはイエスによる救いを拒むことによって、福音は異邦人へと向けられていきました。そして福音は多くの異邦人たちを救いました。しかし福音の奥義によれば、ユダヤ人も異邦人も共同の相続人となることであるため、未だ完全な収穫の時は来ていません。主イエスは「毒麦のたとえ」で、「収穫とはこの世の終わりのことです」(マタイ13:39)と説明しています。「収穫」と「この世の終わりの時」とは、聖書では明らかにキリストの再臨と結び付けられています。とすれば、今の教会時代は大収穫に向っている時期の降雨であることが分かります。教会がはじまったのは「秋の雨」であり、第一のペンテコステです。しかしこの地において最後の大収穫の時期には、第二のペンテコステとしての大雨が降り、ユダヤ人は民族的に救われ、その後にキリストの再臨を迎えるのです。
  • 使徒2章にあるペテロのメッセージは、ヨエル書の預言だけでは到底知ることの出来ない真理を、彼は霊感によって預言しています。つまり、それは約束された霊の「初めの雨」が神の奥義としての教会の時であるという点です。旧約の預言者には、教会時代のことは奥義として隠されていました。しかし神の民イスラエルが民族的に救われるに先立って、異邦人にも聖霊が注がれるということは神の密かなご計画だったのです。「すべての人に」(使徒2:17)とあるのは、ユダヤ人のみならず、異邦人も含んでいたのです。ペテロは聖霊の注ぎの約束が「あなたがたと、その子どもたち(―つまりユダヤ人のことー)、ならびに、すべての遠くにいる人々(―つまり異邦人のことー)に与えられている。」と述べています(使徒2:39)。しかし、ペテロがこの奥義を個人的に真に知るようになるのは、しばらくたってからのことでした(使徒10, 11章)。
  • ちなみに、「雨を降りそそぎ」(聖歌570)という歌があります。聖霊を「雨」として歌っている数少ない歌です。しかしその歌の中に、これまで見てきたような聖霊の神の救済史的枠組としての働きを見ることはできません。なぜならこの歌が作られた時代の教会は「置換神学」に影響されていたからです。


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