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「走る」

詩119篇(3)「走る」רוּץ ルーツ

(カテゴリー: 渇望)

32節「私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが私の心を広くしてくださるからです。」

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  • 「走る」と訳されたルーツרוּץ(ruts)は、旧約で102回、詩篇で6回使われていますが、そのイメージは「急いで走る、忙しい、追いかける、競争する、走り寄る、はせる」です。詩119篇の作者が急いで何かをしなければならなかった事柄とはいったいなんだったのでしょうか。
  • 第四段落(25~32節)では、「ちりに打ち伏しています」(25節)、「悲しみのために涙を流している」(28節)という信仰の危機的な状況の中にあって、作者は「(みことばのとおりに)生かしてください」、「教えてください」、「悟らせてください」、「思いを潜めることができるように」、「堅くささえてください」、「(偽りの道を)取り除いてください」、「はずかしめないでください」との七つの願いを訴えています。しかし同時に、「(真実の道を)選び取ります」、「私の前に置きます」、「堅く守ります」、「(仰せの道を)走ります」といった任意に基づく、自発的、主体的な信仰の決断もしています。
  • 主に対する霊的渇望がご自身の民の中から起こされること、これこそバビロン捕囚という辛い経験をさせた主の愛の配慮でした。そうした文脈の中で「走ります」ルーツרוּץ(ruts)ということばは、神の民が自らの信仰的な自立に向けたアイデンティティの確立の急務の自覚とその熱意(献身)を表わす表現だと言えます。このことが確立されなければ、彼らは自分たちの存在の根拠と生きる希望を失う危機感を抱いていたことをうかがわせます。
  • 「選び取る」(主に選ばれて、選ぶ)、「私の前に置く」(常に意識すること)、「堅く守る」(いかなる状況においても神とのかかわりをみことばにしたがってしっかりと保つーkeep-こと)、そして「走ります」(信仰の自立)はアイデンティティの確立と深く関わります。
  • 使徒パウロもピリピ人への手紙の中で、「一心に走る」ということばで、同じことを教えています。「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。」(3章12~15節)
  • ここには義務ではなく自由があります。この自由こそ、詩119篇の作者の言う「主は心を広くしてくださるから」(32節後半)という意味ではないかと思います。

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