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あなたのおことばどおりこの身になりますように

3.あなたのおことばどおりこの身になりますように

【聖書箇所】 1章26~38節

※ルカの福音書1:26~38は「アドヴェントの瞑想」でも取り上げていますので、そちらを参照してください。ここでは、そこで取り上げなかった部分を取り上げます。

【新改訳改訂第3版】
1:38
「マリヤは言った。『ほんとうに、私は主のはしめです。
どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。』こうして御使は彼女から去っていった。」


※「緑の蛍光部分」の箇所は他の聖書では以下のようになっています。
(原典)
γένοιτό μοι κατὰ τὸ ῥῆμά σου.
(直訳)「起こるように、なるように」、「私に」、「~にしたがって」、「ことば(レーマ)」、「あなたの」
(柳生訳)
「どうかお言葉どおりのことが、この身に起こりますように。」


はじめに

  • 神から遣わされた御使いカブリエルの告知に対して、祭司ザカリヤと処女マリヤの受け止め方はとても対照的です。前者は、御使いのことばを信じなかったために、その時が来るまで。おしになり、ものが言えなくなりました。しかし後者は、御使いのことばを受けとめ、「おことばどおりこの身になりますように」と応えました。処女マリアに信仰者の模範を見ることができるように思います。

イエスの母マリヤという人物の資質

  • 当時では13歳ですでに結婚できる年齢でした。ですからマリヤは私たちが想像する以上に若い女性であったと言えます。このマリヤはどんな女性であったかを伺わせる箇所があります。それは、1:29にマリヤが御使いの挨拶のことばに「ひどく戸惑って、これはいったい何の挨拶か考え込んだ」という箇所です。
  • 考え込む」と訳されたことばは、「ティアロギゾマイ」διαλογίζομαιで、「考える、議論する、思いを巡らす、思案する」といった意味のことばです。マリヤは御使いの顕現に驚く様子もなく、むしろ、御使いが語った挨拶のことばの意味が何かを考え込むような人でした。
  • また、御子イエスが生まれた後に、飼葉おけに寝かせていた幼子を礼拝しに来た羊飼いたちの話したことに人々は驚いたのですが、マリヤはこれらのことをすべて「心に納めて、思いを巡らしていた」(ルカ2:19)とあります。
  • イエスが12歳になられた時にイエスが神殿で語られたこと、すなわち「どうして私をお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」と言われたとき、両親ともにイエスの話されたことばの意味がわかりませんでした。ところが、母マリヤは分からないながらも、「これのことをみな、心に留めておいた」(ルカ2:51)と記されています。
  • 上記に使われている語彙を以下に列記してみると、

    ルカ2:19の「心に納めて、思いを巡らしていた」(新改訳)は、「細大もらさず心に刻みつけ、その意味をいろいろと考えていた。」(柳生訳)、「熟慮しながら、その心に収めていた。」(岩波訳)とも訳されています。

    前者の「心に納めて」(新改訳)と訳された「スンテーレオー」συvτηρέωは、本来、「保つ、保護する、納める」という意味です。後者の「思いを巡らす」(新改訳)と訳された「スムバローσυμβάλλωは、「落ち着いて考える、協議する、論じ合う」といった意味です。

    2:51の「(心に)留めておいた」と訳されたことばは「ディアテーレオー」διατηρέωで、心に「刻み込む」(柳生訳)、「納めておく」(尾山訳)、他に、注意深く扱う、身を処す、慎むと言った意味です。

  • 以上のように、マリヤに関する彼女の心の資質を見ていくと、マリヤの実像は、単に心が素直だということ以上に、とても思慮深い人物であることがわかります。また自分ではよく分からないことに対して早急に意味づけてしまわずに、それをそのままに心に納めておくという慎重さが見られます。そのことを十分踏まえた上で、彼女が御使いガブリエルに語ったことば、「あなたのおことばどおりこの身になりますように」は、彼女の信仰のあり様を垣間見る思いがします。
  • フルダ・K・伊藤著『一人で学べるルカの福音書』(文芸社、2005)に、「脳はだれからゆずり受けるのか?」という興味深いことが「補注」として掲載されています(153~154頁)。

「人間に一番近いと言われているネズミの脳の研究から、次のことが明らかになりました。この世の社会生活で最も評価される知性、意識的思考、記憶、判断等、精神過程に関与する脳の部分、大脳新皮質(新哺乳類脳)に貢献する遺伝子は、独占的に母親から伝わり、性、食、攻撃といった本能、無意識的思考、感情に関わる分野を受け持つ脳の部分・・は、独占的に父親から受け継がれるという発見です。科学者たちは、このネズミよる研究成果が、十分人間にも適応され得るものであると確信しています。これらの発見がそのまま人間に応用されるものであるとするなら、イエス・キリストの受肉において、人間の父親ではなく、母親の役割が不可欠であった理由が、科学的に裏付けられるかもしれません。」

  • 以上によれば、人間としてのイエスのアイデンティティに必要な遺伝子のすべてが、母親としてのマリヤから受け継がれたと考える可能性が科学的に示されたということができます。
  • 先に述べたマリヤの物事に対する態度や受けとめ方は、人間イエスにも当然、影響を与えていたと考えても良いのではないかと思います。イエスは神であり、同時に、完全な人間です。その明確な境界線を引くことはできないとしても、イエスの人間として領域に、母から受け継がれた影響は否定できません。
  • 特に、「おことばどおりに、この身になりますように」とのマリヤの神への信頼のことばは、イエスのゲッセマネの園における祈り、「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」(ルカ22:42)にも写し出されていると言えます。ただし、いずれの場合にも聖霊の助けがなければ言うことはできませんが・・・。
  • 神のみこころを行なう者にとって、イエスの母マリヤは、いつの時代においても、信仰者としての私たちのモデル的存在だと思います。

2011.4.14


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