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あなたは私たちの永遠の住まい

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111. あなたは私たちの永遠の住まい

【聖書箇所】 詩篇90篇1節

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【読み】
アドーイ マーーン アッー ハーーター ラーー ベール ヴァール

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
主よ。あなたは代々にわたって私たちの住まいです。
【口語訳】
主よ、あなたは世々われらのすみかで/いらせられる。
【新共同訳】
主よ、あなたは代々にわたしたちの宿るところ。
【岩波訳】
わが主よ、あなたがわれらのために隠れ場となった、代々にわたって。
【NKJV】
Lord, You have been our dwelling place in all generations.
【NIV】
Lord, you have been our dwelling place / throughout all generations.


※岩波訳は「マーオーン」を「隠れ場」と訳しています。神の住まいは私たちの目には見えるものではないからだと思われます。また内容的にも妥当です。詩篇90~92篇のテーマは「住まい」です。詩篇90篇では「住まい」、91篇では「隠れ場」(1節)、92篇では「主の家」(13節)と表現されています。
※さらに、多くの訳が「(住まい)です」と現在形のように訳していますが、岩波訳だけは「(隠れ場)となった」と訳しています。原文は完了形です。正確には「なった」ですが、それが代々わたって変わることなく存在しているゆえに、告白的に「(住まい)です」と訳されています。

【瞑想】

詩篇90篇の冒頭のフレーズは詩篇90篇全体を結論づける告白です。ここに登場する「あなた(主)」と「私たち」のかかわりが、「住まい」という概念の中に関係づけられています。詩篇90篇には主の語りかけはなく、「私たち」の一方的な嘆願と告白です。しかし、人間の存在のはかなさをよく悟ったこの「私たち」が、永遠の存在者である神と共に住むためには、神のシューヴ(向き直り)と人のシューヴ(向き直り)が不可欠であることを知っています。それゆえ、「人の子らよ、帰れ」(3節)という主の声に支えられながら、「自分の日を正しく数える知恵」、すなわち「知恵の心」を得させてくださいと祈っています(12節)。もし、この知恵が得られないならば、人は人生において「むなしさ」(へヴェルהֶבֶל)を味わうことになります。それゆえ、主に、「帰って来てください」(シューヴשׁוּב)、「あわれんでください」(ナーハムנָחַם)と祈っています(13節)。

「自分の日を正しく数える知恵」とは、毎朝、神の恵みで満ち足りること、また、敵の策略に翻弄されることなく、すべての日に喜び歌い、楽しみ、生涯にわたって輝いて生きること。それは明確な人生の目的と意味を悟って自分の手のわざが確かなものとされていく生涯を意味しています。そして、こうした生き方は神を自分の住まい(「マーオーン」מָעוֹן)とすることと密接な関係にあります。

「住まい」とは自分の居るべきところです。帰るべきところ、すべての源泉、すべてを共有するところです。モーセもダビデも、そして御子イエスもその「住まい」をもっていました。ヨシュアはカナンの地に侵攻してそこを占領する戦いをしましたが、戦いの後には必ず戦いの本営(本丸)、あるいは拠点である「ギルガル」に民と共に戻っています。「ギルガル」ということばは「転がす」という動詞から出てきたことばですが、それは自己信頼の道を捨てて、ただ神のみを信頼する道を選び取ることを意味します。ヨシュアは常にそうした自分の戻るべきところを知っていたのでした。

ヨシュアの霊性、ダビデの霊性、御子イエスの霊性は、まさに、永遠の住まいとしての神とともに住み、神とともに生きる「知恵の心」を得ていたのです。ただ、そこに帰るために、神はしばしば「私たちを塵に帰らせ」られます。ここでの「塵」という名詞「ダッカー」(דָּכָּא)は、創世記の2章の「土地のちりで人を形作った」ところの「ちり」(「アーファール」עָפָר)という言葉ではなく、「打ち砕く」という動詞「ダーハー」(דָּכָא)から来た語彙です。

しばしば葬儀の式文に詩篇90篇が使われています。その中心テキストが3節の「あなたはちりに帰らせて言われます。『人の子らよ。帰れ。』」です。しかし原語を知れば、葬儀にふさわしいテキストとは言えません。なぜなら、この3節は神によって生きるために、神に向き直るよう呼びかけていることばだからです。たましいが打ち砕かれ、自分の弱さとはかなさを知らされた者にこそ「知恵の心」が与えられのです。イエスの語られた「放蕩息子」(ルカ15章)がそうであったように。

ちなみに、「塵」、すなわち「打ち砕かれた者」の引用箇所は以下の通りです。
詩篇34篇18節
主は心の打ち砕かれた心に近くおられ、霊の砕かれた(ダッカー)者を救われる。
イザヤ57章15節
いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方がこう仰せられる。『わたしは高く聖なる所に住み、心砕かれて(ダッカー)、へりくだった人々とともに住む。へりくだった人の心を生かし、砕かれた(ダッカー)人の心を生かすためである。』

【付記】
楽譜「あなたは私たちの永遠の住まい」


2013.6.14


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