****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

あり得ない神の呼びかけ

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6. あり得ない神の呼びかけ

【聖書箇所】 3章1節~25節

ベレーシート

  • エレミヤ書のキーワードの一つは「シューヴ」(שׁוּב)です。預言書の中で最も多い115回の使用頻度です。エゼキエル書は64回、イザヤ書51回、ホセア書23回、アモス書15回となっています。
  • 今回の瞑想箇所であるエレミヤ書3章だけでも、12回使われています。19節には2回使われていますが、原文を見ないと分からない箇所です。「シューヴ」が2回重ねられて否定される(?)のです。それで「離れることはない」と訳されます。
  • ヘブル語の「シューヴ」שׁוּבは旧約でも重要な動詞で1054回使われています。意味としては「帰る」「立ち帰る」「立ち戻る」です。この言葉の中にイスラエルに対する神の心臓を見ることが出来ます。

1. あり得ない呼びかけ

  • 1節にはこうあります。

    【新改訳改訂第3版】エレミヤ 3章1節

    もし、人が自分の妻を去らせ、彼女が彼のもとを去って、ほかの男のものになれば、この人は再び先の妻のもとに戻れるだろうか。この国も大いに汚れていないだろうか。あなたは、多くの愛人と淫行を行って、しかも、わたしのところに帰ると言っている。──【主】の御告げ──

  • 上記の主のことばは申命記24章1~4節が背景にあります。それによれば、人がひとたび離縁状を書いて妻を家から去らせた場合、いかなる場合においても再び妻としてめとることができないのです。その理由は「汚れているから」です。それが神の律法でした。神の民が「帰る」「帰りたい」と願ってもそれはかなわぬ願いでした。しかも神がなんども帰るように呼びかけたにもかかわらず、帰らず、裏切り続けたので、神は仕方なく北イスラエルに離縁状を渡して追い出したのです。
  • 妹のユダはそのことを知りつつも、同じように神に背いていたのでした。それゆえに神は、12節で「背信の女イスラエルは、裏切る女ユダよりも正しかった」と言います。「正しかった」(ツァーデークצָדֵקのピエル態)という表現を文字通り解釈してはなりません。この箇所は、一方を強調するために一方が切り捨てられるというヘブル的表現法が使われています。例えば、一方を愛することを強調するために、一方を憎むという言い方をするのです。ここ12節では、ユダの裏切りがきわめて悪いことを表すために、イスラエルが「正しかった」とされているのです。イスラエルの背信の罪のために彼らが滅びてしまったことを知りながら、何ら反省することのなかったユダの罪が糾弾されているのです。ちなみに、バルバロ訳はこの箇所を「罪深いユダに比べれば、反逆者イスラエルの罪はまだ軽い」と訳しています。つまり、罪の程度において「~よりましだ」というニュアンスです。

2. イスラエルに対する神の呼びかけと約束

  • ところが神は、以下のように、神の定めた律法を犯してまで「背信の女イスラエル」に対して、「帰れ」と呼びかけ、「わたしが、あなたの夫になるからだ」と言っているのです。ひとたび離縁状を渡された者を呼び戻すことは律法違反であり、本来あり得ないことなのです。にもかかわらず、神は「帰れ」と呼びかけているのです。

【新改訳改訂第3版】エレ 3章12節、22節

12背信の女イスラエル。帰れ。──【主】の御告げ──わたしはあなたがたをしからない。わたしは恵み深いから。──【主】の御告げ──わたしは、いつまでも怒ってはいない。

22「背信の子らよ。帰れ。わたしがあなたがたの背信をいやそう。」


3. 全イスラエルと異邦人に対する神の呼びかけと約束

【新改訳改訂第3版】エレミヤ 3章14~18節

14 背信の子らよ。帰れ。──【主】の御告げ──わたしが、あなたがたの夫になるからだ。わたしはあなたがたを、町からひとり、氏族からふたり選び取り、シオンに連れて行こう。脚注1
15 また、あなたがたに、わたしの心にかなった牧者たちを与える。彼らは知識と分別をもってあなたがたを育てよう。
16 その日、あなたがたが国中にふえて多くなるとき、──【主】の御告げ──彼らはもう、【主】の契約の箱について何も言わず、心にも留めず、思い出しもせず、調べもせず、再び作ろうともしない。
17 そのとき、エルサレムは『【主】の御座』と呼ばれ、万国の民はこの御座、【主】の名のあるエルサレムに集められ、二度と彼らは悪いかたくなな心のままに歩むことはない。脚注2
18 その日、ユダの家はイスラエルの家といっしょになり、彼らはともどもに、北の国から、わたしが彼らの先祖に継がせた国に帰って来る。」


●14~18節にはメシア王国における祝福が預言されています。ただし、そのための前提条件は、主に「帰る、立ち返る」(「シューヴ」שׁוּב)ことなのです。

  • 3章14~18節にある神の呼びかけの対象が三つあることは注目すべきことです。

    (1) 背信の子らイスラエル (バルバロ訳「反逆者ー」「迷った子ら」)
    (2) 裏切る女ユダ (バルバロ訳「罪深いユダ」)
    (3) 万国の民(万民、あらゆる民族、異邦人)/ヘブル語「コル・ハゴーイム」כָל־הַגּוֹיִם

  • ここには、神は「全イスラエル」(北イスラエルと南ユダ)の回復の約束と、それに伴い「異邦人」も含めた約束があります。その約束とは、背信の子にイスラエルと裏切るユダがエルサレムに帰り、そしてあらゆる民族もそこに集められるという約束です。この約束はいまだ実現していませんが、やがて「終わりの時」、すなわち、聖霊が注がれる新しい時代の到来によって実現するのです。ちなみに、聖書的教会とは、この三者が神のうちに一つとなる共同体です。新約では「北イスラエルと南ユダ」を合わせて「イスラエル」(ユダヤ人)と表現されます。「イスラエルの回復」と異邦人の救いーこれこそ神の驚くべき計画なのです。
  • やがてイエスの復活後から五旬節(七週の祭り)のペンテコンテにおいて聖霊が注がれ、教会が誕生し、教会時代が到来します。七週の祭りにささげられる小麦で作られた種入りのパンが祭司にささげられますが、その二つのパンは「ユダヤ人と異邦人」を現わす預言的象徴でした。この二つのパンがキリストの十字架の血潮において「新しいひとりの人」となり、また、御霊によって共に神に近づき、共同相続人とされているのです。これが神の教会の構成メンバーです。この両者がなければ、教会は完成しないのです。そのような意味において、エレミヤ書3章14~18節は重要な箇所と言えます。


脚注1
「わたしはあなたがたを、町からひとり、氏族からふたり選び取り、シオンに連れて行こう。」とあるのは、アッシリヤに連れ去られ離散した北イスラエルのすべてが帰れるのではなく、おそらく「残りの者」に限りられるという意味。

脚注2
17 そのとき、・・・二度と彼らは悪いかたくなな心のままに歩むことはない。」とあるのは、主の律法がイスラエルの人々の心に書き記されるからです。エレミヤ31:33参照。


2013.1.18


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