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さばきの苦難をくぐり抜けた救いの希望

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6. さばきの苦難をくぐり抜けた救いの希望

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【聖書箇所】 3章16~19節

ベレーシート

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  • ハバクク書に登場している人称構造は、図のように三つから成っています。「あなた」は主なる神、「彼ら」は神に敵対する者たち、そして「私」はイスラエルの民を代表する存在としてのハバクク。3章16節ではこの「私」が「私たち」とも言い換えられています。
  • これまでの流れを簡単に整理すると、ハバククが生きたユダの現実、つまり、暴虐と不法、争い、律法の機能不全、神に逆らう者たちが神に従おうとする者たちを取り囲んでしまっている現実を神に問いかけるところから出発しています。ハバククの抱える悩みに対して、主はご自身のご計画における「定められた時」、つまり「終わりの日」に起こる出来事の幻を啓示されました。しかも「それは必ず来る。遅れることはない。」と語られたのです。その啓示の内容はさまざまな表現で描写されていますが、結局のところは、神に敵対する者たちが神によってさばかれるというものです。しかし、その際には敵が「神の民をほしいままに追い散らそうと荒れ狂う」(3:14)ことになるという事実も聞かされたのです。その驚きと葛藤が3章16節に記されているのです。

1. ハバククのアンビバレントな思い

  • 先ずは、16節を見てみましょう。

    【新改訳改訂第3版】ハバクク書 3章16節
    私は聞き、私のはらわたはわななき、
    私のくちびるはその音のために震える。
    腐れは私の骨のうちに入り、
    私の足もとはぐらつく。
    私たちを攻める民に襲いかかる悩みの日を、
    私は静かに待とう。

  • 「はらわた」と訳された「ベテン」(בֶּטֶן)は、からだの内部、母の胎内、腹を意味する語彙です。初出箇所は創世記25章23節です。そこには、不妊であったイサクの妻リベカが待望の子をみごもったとき、彼女の胎内(腹の中)で子どもたち(ふたご)がぶつかり合うようになり、そのため、彼女は不安ゆえに主のみこころを求めたという箇所で使われています。このふたごとはエサウとヤコブのことです。リべカの胎内で起こった不安と恐れの感情が、ハバククの腹の中にも同じく生じたと思われます。その複雑な感情が、「私のはらわたはわななき」と表現されているのではないかと思わせられます。「わななく」と訳されたヘブル語は「ラーガズ」(רָגַז)で、この動詞は「私の足もとはぐらつく」でも使われています。つまり、かなり不安定な感情の状態を表わす語彙のようです。
  • にもかかわらず、「私たちを攻める民(神に敵対する諸国の民)に襲いかかる悩みの日を、私は静かに待とう」とあるのです。ここの「静かに待つ」と訳されたヘブル語の「ナーヴァハ」(נָוַח)は「休む、とどまる」という意味ですが、それは「わななく、ぐらつく」の「ラーガズ」(רָגַז)とは対照的です。まさに16節は、ハバククのアンビバレントな揺れ動く心の状態がよく表わされていると言えます。

2. ハバククの信仰告白(17~19節)

  • 3章17~19節は、ハバクク書の最も重要な箇所です。神のご計画の全貌を啓示された預言者ハバククが神に対する希望に満ちた信仰の告白をしているからです。まさに、詩篇の神髄である「嘆きから讃えへ」の神学的構造を如実に示しているからです。

(1) 嘆き

【新改訳改訂第3版】ハバクク書3章17節
そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、
ぶどうの木は実をみのらせず、
オリーブの木も実りがなく、
畑は食物を出さない。
羊は囲いから絶え、
牛は牛舎にいなくなる。


●ここにはイスラエルにおける重要な植物(実のなる木)が取り上げられています。

無花果(実の中の黄色い部分が花).JPG

(1) 「いちじくの木」
「いちじく」は「無花果」と書くように、花のない果実という意味ですが、実際は花が実の中にあるという不思議な木です(実の中の黄色い部分が花です)。したがって、「いちじくの木は花を咲かせず」とは実がならないということです。本来ならば、いちじくの木は2度も実をつける木なのです。それが実をつけないということは尋常ではないことが襲うことを意味しています。つまり、あり得ない未曾有の出来事です。イェシュアが「実のならないいちじくをのろった」出来事もそうした背景があると思われます。

(2) 「ぶどうの木」
●「ぶどうの木」は実を結ばせるために、とても手間のかかる木のようです。それゆえ、「ぶどうの木」に実がなるということは戦争のない世界、平和な時であることを意味しています。「ぶどうの木は実をみのらせず」とは戦いが続いていることを意味するのです。

(3) 「オリーブの木」
●「オリーブの木」は、他の木なら到底生きられない厳しい環境でも良く育つ、「栄光と美しさ」を象徴する木です。動物の王がライオンだとすると、植物の王はオリーブと言われるほどです。ノアの洪水のときでも水の中で死ぬことがありませんでした。ノアの手から放たれた鳩がその若葉をくわえて来たところのオリーブの木です。
●「オリーブの木」は神の民イスラエルの象徴です。他の民族が滅びたとしても、神の民イスラエル(ユダヤ人)だけは絶滅の危機を何度もくぐり抜けて来ました。しかしここで、そのオリーブの木の実が期待できないということは、彼らが未曾有の破滅的な危機を通ることを示唆しているのです。ハバククが「呻く」のも容易に理解できます。

(2) 讃え

【新改訳改訂第3版】ハバクク書3章18~19節
18
しかし、私は【主】にあって喜び勇み、
私の救いの神にあって喜ぼう。
19
私の主、神は、私の力。
私の足を雌鹿のようにし、
私に高い所を歩ませる。


●なんという信仰による大逆転でしょうか。その秘訣は「しかし、私は主にあって」(「ヴァ・(ア)ニー バ・(ア)ドナイוַאֲנִי בַּיהוה) =「ヴァニー・バドナイ」です。

●神が支配される御国の基調は「喜び」です。ここでは二つの歓喜用語が使われています。一つは「喜び勇み」と訳された「アーラズ」(עָלַז)、もう一つは「喜ぼう」と訳された「ギール」(גִּיל)です。

●「主は私の足を雌鹿のようにし」とありますが、「雌鹿」は「アッヤーラー」(אַיָּלָה)で、その語幹は「力」や「神」を意味する「エール」(אֵל)です。そこから派生した「雄鹿」は「アイル」(אַיִל)、「樫の木」も「アイル」(אַיִל)で、すべて力ある者の意味を持っています。なぜハバククでは「雄鹿」ではなく「雌鹿」なのかと言えば、神の民イスラエルは女性形で表わされるからです。「主は私の力」という告白の中の「力」を「雌鹿」の比喩で表わしているのです。

●19節の「私に高い所を歩ませる」とはどういうことでしょうか。「高い所」は「バーマー」(בָּמָה)で、文字通り「高い所」を意味しますが、同時に、ユダの高い所である「エルサレム」を意味します。新共同訳はこの「バーマー」を「聖なる所」と訳しています。「地の高み」「聖なる高台」と訳されてもいます。そこは最も安全な場所であると同時に、神のご計画の全貌を鳥瞰的に見ることのできる場所という意味と考えることができます。

●ハバククをして、主は彼に「高い所を歩ませる」ことのできる方です。ここでの「歩ませる」は「ハーラフ」(הָלַךְ)の使役形です。私たちの努力ではなく、神がそのようにしてくださるという恩寵なのです。

●実は、「御国の福音」を理解する上でこのことはとても重要なのです。鳥瞰的な視点がないと、みことばの理解が自分本位な、かつ自分の経験レベルの領域だけで終わってしまうという懸念があります。常に、聖書を神の視点から理解するためには、鳥瞰的な視点が必要です。そしてその視点から来る「希望」こそハバクク書が伝えようとしている逆転の使信なのではないかと思います。真の力は確かな「終わり」、すなわち「揺り動かされない御国」(ヘブル12:28)から来るのです。その「前に置かれた望み」こそ、確かな信仰の錨の役を果たすのです(ヘブル6:18~19)。


最後に

  • ドイツにユルゲン・モルトマンという神学者がいます。彼は「希望の神学」を提唱したことで知られていますが、その神学は「聖書的破滅の神学」です。破滅の後に以前よりももっとすばらしい世界が来るとする神学です。つまり、終わりの中に、新しい始まりがあるとする希望の終末論なのです。それを裏づける「型」が、聖書の中に以下のように示されています。

①洪水によるさばきとノアとその家族からの新しい出発
②ユダのバビロン捕囚の憂き目とトーラーによる新しい神の民の回復
③イェシュアの十字架の死と復活
④反キリストによる大患難とイェシュアの地上再臨によるメシア王国
⑤白い御座における最後の審判と天から降りてくる新しいエルサレム

  • モルトマン自身も第二次世界大戦の痛い経験を通して、個人的にもこの「型」を裏付ける経験をされた方です。ですから、彼の「希望の神学」は決して単なる机上の神学ではない強みを持っています。そのモルトマンの破滅と希望の神学は、聖書的であり、預言者ハバククの最後の預言と似ています。




2015.6.24


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