****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

すべてはあなたがたが成長するため


13. すべてはあなたがたが成長するため

【聖書箇所】Ⅱコリント書12章14節~13章13節

べレーシート

(1) コリント教会の開拓と建設の経緯

●今回は、Ⅱコリント書の瞑想の最後なので、パウロが第二次伝道旅行において、コリントで教会を開拓し建設したことを振り返ってみたいと思います。テキストはまず使徒の働き18章1~17節です。
①コリントは商業都市(アテネは学術・文化都市)、いずれも偶像で満ちていた都市でしたが、コリントの場合は福音宣教で多くの結実を生みました。当時のギリシア世界で「コリント化する」という動詞は「姦淫する」の同義語とされていたほどです。
②パウロはコリントで1年半の間、腰を据えて神のことばを教えました。それができた理由は何でしょうか。

(2) コリント教会への手紙の執筆事情

●パウロはコリントの教会に対して四つの手紙を書いています。しかし、残っているのは第一と第二の手紙だけです。

(1)「前の手紙」(喪失)⇒(2)「コリント人への手紙第一」⇒(3)「悲しみの訪問」(4)「悲しみの手紙」(喪失)⇒(5)「コリント人への手紙第二

(1) 第三次伝道旅行において、パウロはそのほとんどをエペソで過ごしましたが、その前に1年半の間、腰を据えてコリントで神のことばを教えました(使徒18:11)。しかしユダヤ人の妨害を受けたためにエペソへ逃れました。エペソに来てすぐにパウロは、コリント教会に手紙を書きました。コリント教会の信者の中に不道徳な者、偶像と何らかのかかわりを持つ者がいて、そのような者とははっきりとけじめをつけるべきだという内容の手紙でした(Ⅰコリント5:9)。これが「前の手紙」と呼ばれるものです。

(2) ところが、この手紙は教会の信者に誤解を与えました。そのことがクロエの家の者によってパウロに報告されました。それに加えて、教会内の分裂の様子も報告されました。他にも結婚関係の問題、偶像にささげられた供え物、礼拝の秩序、霊の賜物、復活についての問題などに関する質問がありました。これらの諸質問に答えるために、パウロは「コリント人への手紙第一」を書いたのです。

(3) この手紙に前後して、テモテがマケドニア経由でコリントに派遣されました。しかしテモテの派遣や第一の手紙によっても問題が解決しなかったため、パウロ自身がコリントを直接訪問したのです。これが「悲しみの訪問」と呼ばれています(Ⅱコリント2:1、13:1)。

(4) エペソに帰ったパウロは「悲しみの手紙」を書きます(Ⅱコリント2:4、7:8~9)。そしてテトスがこの手紙をコリントに届けるために遣わされます。
(5) その後、パウロはエペソを離れて北上し、トロアスへ行きます(Ⅱコリント2:12)。そこでテトスに会えなかったので、パウロは不安を抱きます。しかしマケドニアでテトスに会うことができ、テトスからコリントの教会の人々が悔い改めたという喜びの報告を受けました(Ⅱコリント2:12,7:5~16)。

(6) テトスの報告を受けたパウロは「コリント人への手紙第二」を書き、再びテトスに託してこれを送りました(Ⅱコリント8:16~24)。この手紙をテトスに託した後、少し間をおいて、パウロはコリントへ行ったのです(使徒20:2)。


2. Ⅱコリント書の終わりの部分

●Ⅱコリント書の12章14節から13章の終わりまで、どこにポイントを当てるべきか悩みます。ある人は13章の5節と8節に注目します。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 13章5節
あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことを、自分のうちにイエス・キリストがおられることを、自覚していないのですか。あなたがたが不適格な者なら別ですが。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 13章8節
私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます

●つまり、パウロは三度目のコリント訪問をする前に、コリントの教会の人々に対して「あなたがたは、信仰に生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい」と言って信仰生活の検討を迫っています。さらに「私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。」と言って、真理に立つことを勧めています。私たちの信仰とは、生きて私たちの生涯を実際に支配するものであり、真理に支えられていかなければなりません。ですから、パウロは真理とか信仰というものを、再度、軌道修正するように要求し、正しい信仰に立って歩むようにと、この第二の手紙を書いてきたのです。

2. パウロの本望

●しかしここでは、コリントの教会の人々に対して自分たちの信仰を吟味するというよりも、パウロ自身が何の目的のためにこの手紙を書いているか、そのことに焦点を当ててみたいと思います。とすれば、12章19節の「すべてはあなたがたが成長するため」と、13章10節の「この権威が私に与えられたのは、建てるためであって、倒すためではありません」のみことばを選びたいと思います。もう一度、その箇所を読んでみましょう。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 12章19節
あなたがたは、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと、前からずっと思っていましたか。私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する者たち、すべてはあなたがたが成長するためなのです。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 13章10 節
そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったときに、主が私に授けてくださった権威を用いて、厳しい処置をとらなくてもすむようになるためです。この権威が私に与えられたのは、建てるためであって、倒すためではありません。


(1) 「オイコドメー」という語彙

●12章19節の「成長する」は、新改訳改定第三版では「築き上げる」と訳されていました。すでにパウロはⅠコリント書14章26節で「それでは、兄弟たち、どうすればよいのでしょう。・・そのすべてのことを、成長に役立てる(=徳を高める)ためにしなさい。」と言っています。「成長する」「築き上げる」「徳を高める」と訳されたギリシア語は建築用語の「オイコドメー」(οἰκοδομή)が使われています。この語彙は二つの語彙からなる合成語で、「家」を意味する「オイコス」(οἰκος)と「建てる」を意味する「デモー」(δἐμω)からなっています。これはパウロの特愛用語です。教会を神の宮として建て上げることを意味する語彙なのです。

●この「オイコドメー」という語彙は、パウロが教会を考える上できわめて重要視した言葉です。パウロ書簡では15回も使われています。ちなみに、「オイコドメー」のヘブル語は「バーナー」(בָּנָה)です。

●マタイ24章1節、マルコ13章1,2節では神殿の「建物」の意味ですが、ローマ14章19節では「成長」、15章2節では「徳を高める」(建徳)の意味で使っています。Ⅰコリント3章9節では「あなたがたは神の建物」、14章3, 5, 12, 26節は「教会の徳を高める」、Ⅱコリント5章1節「神の建物」、10章8節「建て上げ、立てる」、12章19節、13章10節「築き上げる、建て上げ」(新改訳2017「成長する、建てる」)、エペソ2章21節「組み合わされた建物」、4章12節「キリストのからだを建て上げる」、4章16節「建てられる」、4章29節「人の徳を養う」。

●建物はひとりでは建てられません。多くの部分(=兄弟姉妹)が組み合わされることではじめて建てられます。そこには主にある信頼関係が必要です。お互いの徳を高め、養うことではじめてキリストのからだを建て上げることができるのです。「オイコドメー」は、パウロが教会を建て上げるために、何よりも重視したことばと言えます。

●パウロはコリントの教会を建て上げるために、その目的のために、
(1) 自分に対する不当な評価にもかかわらず、
(2) 無報酬の奉仕、むしろ、与えてささげ尽くす。
(3) 神から与えられた権威を用いて、厳しい処置を取らなくてもよいように、前もって勧告している。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 10章8節
あなたがたを倒すためにではなく、建てるために主が私たちに与えてくださった権威について、私が多少誇り過ぎることがあっても、恥とはならないでしょう。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 12章19節
あなたがたは、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと、前からずっと思っていましたか。私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する者たち、すべてはあなたがたが成長するためなのです。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 13章10節
そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったときに、主が私に授けてくださった権威を用いて、厳しい処置をとらなくてもすむようになるためです。この権威が私に与えられたのは、建てるためであって、倒すためではありません。

(2) 「オイコドメー」のための知恵

●教会を「建てるため」に、教会が「成長するため」に、この任務のためにパウロは使徒として召されたことを、もう一度自分に言い聞かせつつ、かつコリントの教会の人々に勧めているのがⅡコリントの手紙です。以下、どうすれば教会が「建て上げられ」「成長し」「互いの徳が高められるのか」を、Ⅱコリント書からピックアップしたいと思います。

(1) 【新改訳2017】Ⅱコリント書 5章15節
キリストはすべての人のために死なれました。それは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためです。
(2) 【新改訳2017】Ⅱコリント書6章6~8節
6 また、純潔と知識、寛容と親切、聖霊と偽りのない愛、
7 真理のことばと神の力により、また左右の手にある義の武器によって、
8 また、ほめられたりそしられたり、悪評を受けたり好評を博したりすることによって、自分を神の
しもべとして推薦しているのです。

(3) 【新改訳2017】Ⅱコリント書 7章1 節
愛する者たち。このような約束を与えられているのですから、肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ
聖さを全うしようではありませんか。
(4) 【新改訳2017】Ⅱコリント書9章11~13節
11 あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、すべてを惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して神への
感謝を生み出すのです。
12 なぜなら、この奉仕の務めは、聖徒たちの欠乏を満たすだけではなく、神に対する多くの感謝を通してますます
豊かになるからです。
13 この務めが証拠となって、彼らは、あなたがたがキリストの福音の告白に対して従順であり、自分たちや、すべて
の人に惜しみなく与えていることを理解して、神をあがめるでしょう。

(5) 【新改訳2017】Ⅱコリント書13章9節
私たちは、自分は弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。あなたがたが完全な者になること(あなたがたの完成の
ために)、このことも私たちは祈っています。

●コリントの人々が真に霊的に健全になって、成長し、教会が建て上がってくれること、それが使徒パウロの本望なのです。

3. 最後のことばと祝祷

【新改訳2017】Ⅱコリント書13章11~12節
11 最後に兄弟たち、喜びなさい。完全になりなさい。慰めを受けなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。
12 聖なる口づけをもって互いにあいさつを交わしなさい。すべての聖徒たちがあなたがたによろしくと言っています。

●「喜びなさい」「完全になりなさい」「慰めを受けなさい」「思いを一つにしなさい」「平和を保ちなさい」・・一つ一つを味わうべきことばです。

【新改訳2017】Ⅱコリント書13章13節
主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。

●この祝祷は三位一体の神によるきわめて簡潔な祝祷で、多くの教会で用いられています。

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2019.6.20


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