****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

ひとつのことを願い、それを求めている

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125. ひとつのことを願い、それを求めている

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【聖書箇所】 詩篇 27篇4節

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【読み】
ット シャアルィ メット アドーイ オーターッハ アヴァッーシュ

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂第3版】
私は一つのことを【主】に願った。私はそれを求めている。
【新共同訳】
ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。
【口語訳】
わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。

【瞑想】

自分の生涯において最も優先すべきことが明確な人は、周囲の流れに流されないで歩むことができます。人はみな自分の価値観で物事を考え、そして行動しています。ダビデは、主にあって最も大切な事柄を自分の人生の土台として生きることができるように、まず主に願いました。そしてそれを求めました。

前者の「願った」と訳されることばのヘブル語は「シャーアル」(שָׁאַל)が使われ、後者の「求めた」は「バーカシュ」(בָּקַשׁ)が使われています。どちらも「尋ね求める」という意味です。

ダビデの前のイエラエルの王の名前は「サウル」でした。彼はイスラエルの最初の王となった人です。「サウル」はヘブル語で「シャーウール」(שָׁאוּל)と表記しますが、その名前には「神を尋ね求める」「神に伺う」という意味があります。ヘブル文字のשׁאלの最初の文字である「シン」(שׁ)は、本来「歯」(英語のtooth)を意味します。そこから「食い尽くす、むさぼり食う」という意味が派生します。次の「アーレフ」(א)は力あるものを意味し、「ラーメド」(ל)は杖をもって教えたり、指導したり、導く者を意味します。「アーレフ」と「ラーメド」で、ヘブル語の「エール」(אֵל)となり「神」を表わします。つまり、三つの文字が結びつくことで、שׁאלは、神を尋ねる、神に伺う、神の知恵を得る、神に熱中するという意味に発展します。

ところが、サウルは自分の名前に秘められているメッセージを自らの生涯において空虚なものにしてしまいました。「サウル」は自分の名前のように生きようとはしませんでした。というのは、神の代理者として立てられたサウルが「霊媒によって伺いを立て(Ⅰ歴代誌10:14)たからです。「伺いを立てる」という表現には、「シャーアル」(שָׁאַל)と「ダーラシュ」(דָרַשׁ)という動詞が重ねられています。どちらも「尋ね求める」ことを意味する動詞です。サウルの場合、尋ね求めるべき対象が神ではなく、死人の霊であったことが神の怒りを買ったのです。皮肉にも、「死人の行く国」である「よみ」が「シェオール」(שְׁאוֹל)であるのは、警告的な意味合いが含まれているのでしょうか。ヘブル語の語義の持つ深遠さを感じさせられます。

サウルとは逆に、ダビデは、そのとき、そのとき、いつも主に伺って(שׁאל)いるのです(Ⅱサムエル2:1、5:23)。サウルとダビデの霊性の違いはそこにあります。もう一度、ダビデの霊性を確認してみましよう。

私はひとつのことを主に願った。私はそれを求めている。

ここで、前者の「願った」は「シャーアル」(שָׁאַל)が使われ、後者の「求めている」は「バーカシュ」(בָּקַשׁ)が使われています。ちなみに、サウルが霊媒師に伺いを立てるという場合は「シャーアル」(שָׁאַל)と「ダーラシュ」(דָרַשׁ)でした。「ダーラシュ」(דָרַשׁ)も「バーカシュ」(בָּקַשׁ)も、熱心に神を「尋ね求める」という意味では同義です。「ダーラシュ」は理性的な意味合いが強いのに対して、「バーカシュ」は相手との心情的な意味合いが強いという特徴があります。しかし、いずれのことばにも共通しているのは「シン」(שׁ)という文字があることです。

新約での使徒パウロは、最後の使徒としてキリストに捕えられた人物です。パウロはギリシア名ですが、そのヘブル名は「サウロ」と表記されています。それはヘブル語の「シャーウール」(שָׁאוּל)と同じです。まさに、イスラエルの最初の王サウルと同名であり、しかも同じベニヤミン族の出身です。旧約のサウル王の失敗を、使徒パウロが踏み直しているのです。私たちはこのパウロから多くの霊的な奥義を与えられています。パウロほど主のために働いた者はおりません。そして、彼ほど、主を尋ね求めた者も他にはいないのです。それゆえパウロの語っている多くの事柄は神の奥義です。それゆえ、彼は神の隠された秘密を私たちに明らかにしてくれた人物と言えます。まさにその意味において、使徒パウロはイスラエルの初代の王「サウル」の汚名を返上させたのです。

補足として、
創世記43章7節で、ユダが父ヤコブに「あの方(ヨセフのこと)が、私たちと私たちの家族のことをしつこく尋ねて」と言う箇所があります。この「しつこく尋ねて」と訳されている箇所の原文は、「シャーオール・シャーアル」 שָׁאֹול שָֽׁאַלとなっています。つまり、「尋ねる」を意味する語根のשאלが重ねられてるのです。終わりの時代(終末)には、より速度を増して、神の秘密が開かれてくる時代となります。ですから私たちも、神の秘密を「しつこく尋ね求める」者とならなければなりません。なぜなら、主は尋ね求める者にこそ、ご自身の秘密を明かされるからです。


2014.1.2


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