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わたしは、あなたをこの地に連れ戻す

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68. わたしは、あなたをこの地に連れ戻す

【聖書箇所】 創世記28章15節前半

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【読み】
ヴェヒンー アーヒー インーフ
ウーシェマレティーハー ベル アシェル テーーフ
ヴァハシボーティーハー エル ハアダーー ハッート

【文法】
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【分解】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。
【口語訳】
わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。
【新共同訳】
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
【NKJV】
"Behold, I am with you and will keep you wherever you go, and will bring you back to this land;

【瞑想】

創世記28章は、父イサクをだまして長子の権利の祝福を奪い取ったヤコブをイサクが送り出す場面からはじまります。イサクの態度にはある種の晴れやかさが感じられます。その晴れやかさは、祝福の継承という大きな問題があっけなく解決して、荷が降りてしまったことからくるものであろうと推察します。当初は、兄エサウの怒りが収まるまでと母リベカは考えてヤコブを自分の兄の元へ送ろうとします。しかし28章は、ヤコブが早急に親元から逃げなければならないという切羽詰まった状況というよりは、父イサクから新たな使命を命じられたヤコブの旅立ちとして見ることができます。その新しい使命とは自分の妻となる娘を叔父ラバンの娘から選ぶという旅です。逃亡の旅というよりは、むしろ、祝福の継承を契機とした新しい使命と訓練を帯びた旅立ちです。

ちなみに、イサクの場合は自分で自分の妻を見つけることはありませんでした。父アブラハムがすべてをお膳立てして、それを受け取ることだけでした。しかしヤコブの場合はそうではありません。自分でそれを見つけ出し、自分のものとしなければなりませんでした。苦しい旅がこれからはじまっていきます。と同時に、その旅は神がヤコブを取り扱う旅でもあったのです。

はじめての一人旅。ヤコブにとってはとても不安な旅であったと思われます。あるところで一夜を明かすために石を枕にして寝たとき、彼は夢を見ました。その夢は彼の生涯にとって忘れることのできないインパクトのある夢でした。ヤコブは夢の中で主と出会い、主からの祝福の約束を聞いたのです。それはアブラハムにも、そしいてイサクに語られたもので、国土の獲得、子孫繁栄、万民の祝福でした。それはアブラハムの神、イサクの神である主の約束が正式にヤコブにつながったことを裏付けるものでした。

しかしヤコブには、アブラハムやイサクにもなかつた約束が付け加えられています。それが28章15節です。「見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこに行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決して、あなたを捨てない。」

神がヤコブに語ったこの約束には条件がありません。無条件の恩寵としての約束です。この無条件の約束が兄と父をだましたヤコブに語られたのです。しかも、アブラムやイサクにも語られなかった特別に約束の中心は15節の「わたしは、あなたをこの地に連れ戻す。」I will bring thee again into this land;ということばです。つまり、神が「連れ戻す」までの期間こそ、神がヤコブを取り扱われる重要な期間なのです。ここにヤコブに対する神の恩寵が隠されています。

「連れ戻す」と訳された動詞は「帰る」を意味する「シューヴ」שוּבの使役形が使われ、その行為の主体が神であることを表しています。それゆえ、神の訓練の期間が終わらなければ、たとえヤコブが帰りたいと思ってもそうはならないことを意味します。ヤコブがその日数を一日でも早めて帰ることはできなかったのです。神の時、神によって整えられる必要な期間があるのです。

そう考えるならば、私たちの身に起こることは決して偶然ではありません。すべては神によって計画されたものです。私たちはその中で、聖霊によって整えられ、新しく造り上げられていくのです。私たちが訓練を受ける時、当座は気持ちの良いものではなく、喜ばしいものでもなく、かえって悲しく辛く、逃げ出したいと思うものです。しかし後になると、聖霊によって訓練された者には大きな益がもたらされるのです。ヤコブの新たな旅立ちは神の恩寵によってそこに向けられています。

ヤコブのみならず人間は多くの矛盾を抱えている存在です。それゆえにこれからはじまるヤコブの20年に及ぶ神の訓練が備えられていると言えます。ヤコブは神の訓練(試練)を受けることで、確実に神の計画において有用な人に変えられていくのを私たちはやがて見ることになります。事実、彼はヤボクの渡しでペニエル経験をし、名前がヤコブからイスラエルに変えられています。名が変わるということは、ヤコブをヤコブたらしめていたところが変えられたことを意味します。

歴史においてこの神による回復のパターンは繰り返されます。ヤコブから出た12部族からなるイスラエルの民は、ソロモン王の時代以降、二つの国に分裂します。そして北イスラエル王国はアッシリヤよって離散を余儀なくされ、南のユダ王国はバビロンによって捕囚の民となります。特に、後者の場合の捕囚期間は、神の民が神の民としてのアイデンティティをリセットすべく神の取扱いの期間となりました。ユダ族はバビロンから解放されるまで、三世代を通してトーラーライフスタイルを根付かせたのです。

この神の回復のみわざは、単なるバビロンからの解放という出来事を越えて、エレミヤ書33章3節にあるように、「あなたの知らない、理解を越えた大いなる事」という全イスラエルの回復へとつながっていきます。ヤコブに約束された「連れ戻す」という回復の型は、終末において私たちの理解越えた大いなる事として全イスラエルの回復へとつながっていきます。それに付随(連動)するようにしてすべての諸国が神へと回復するのです。私たちが信じようと信じまいと、神の約束は必ず実現します。そしてその方向へと歴史は着々と進んでいるのです。


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ハシボーティーハー」=「わたしは、あなたを連れ戻す(連れ帰す、帰らせる、bring you back)」という神のイスラエルに対する回復の預言は、聖書の中に繰り返し繰り返し語られています。多くの参照箇所からの一部を以下に掲載します。引用はすべて【新改訳改訂3】です。

(1) 申命記 30章4節
たとい、あなたが、天の果てに追いやられていても、あなたの神、【主】は、そこからあなたを集め、そこからあなたを連れ戻す
(2) エレミヤ 29章10節
まことに、【主】はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる
(3) エレミヤ 30章3節
見よ。その日が来る。──【主】の御告げ──その日、わたしは、わたしの民イスラエルとユダの繁栄を元どおりにすると、【主】は言う。わたしは彼らをその先祖たちに与えた地に帰らせる。彼らはそれを所有する。
(4) エゼキエル 11章17節
それゆえ言え。『神である主はこう仰せられる。わたしはあなたがたを、国々の民のうちから集め、あなたがたが散らされていた国々からあなたがたを連れ戻し、イスラエルの地をあなたがたに与える。』
(5) ゼカリヤ 10章6節
わたしはユダの家を強め、ヨセフの家を救う。わたしは彼らを連れ戻す。わたしが彼らをあわれむからだ。彼らは、わたしに捨てられなかった者のようになる。わたしが、彼らの神、【主】であり、彼らに答えるからだ。


2013.4.23


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