****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

イエスに「使徒」と名づけられた12弟子

19. イエスに「使徒」と名づけられた12弟子

【聖書箇所】 6章12~19節

はじめに

  • ルカ6:12~19の箇所には二つの事柄が記されています。ひとつはイエスが徹夜で夜を明かした後に、弟子たちを呼び寄せ、その中かに12人を選び出して、彼らに「使徒」と名づけられたこと。もうひとつはいやしを求める群衆に対して「大きな力がイエスが出て、すべての人をいやした」ことです。
  • 後者のいやしを求める群衆は各地からイエスのもとに来ており、「群衆のだれもが何とかしてイエスにさわろうとしていた」(19節)とあります。「何とかして」というのは「必死に何かをしようとする動詞「ゼーテオー」ζητέωで、熱心な求道を意味します。しかもここは未完了で次々と必死に触ろうとしていたという意味です。またイエスから「大きな力が出て」と訳されていますが、ギリシャ語原典では「大きな」ということばはありません。イエスから力が次々と絶えることなく外に出て来ていたことを意味する「エクセルコマイ」έξέρχομαιの未完了動詞が使われています。そのためにすべての人々を次から次へといやしていかれたのです。「いやす」ίάομαιという動詞も未完了形です。
  • 人々のニーズに答えるためにイエスから出て来た力はいったいどこからインプットしたのでしょう。それこそイエスが日々、御父との親しい交わりによって供給されていた力です。こうした力と権威を与えて、神の国の福音のおとずれを伝えるために、イエスは特別に祈りのうちに12人弟子、つまり「使徒」をお選びになられたのです。
  • ですから、別の事柄に見える二つの事柄が実は密接につながっているのです。というのは、イエスのミニストリーは「使徒」と呼ばれる12人の弟子たちにやがてゆだねられていくからです。ルカの福音書ではじめて登場するこの「使徒」ということば、ルカ文書(福音書と使徒の働き)においてはきわめて重要なことばなのです。イエスと使徒たちのかかわりがどういうものかに焦点を当ててみたいと思います。

1. 「使徒」(アポストロス,άποστολος)に対するイエスのかかわり

  • 「使徒」(アポストロス,άποστολος)はルカ文書の独占用語です。マタイの福音書では1回、マルコの福音書では2回、ヨハネの福音書は1回限りです。それに比べてルカの福音書は6回(6:13/9:10/11:49/17:5/22:14/24:10)、使徒の働きでは28回(その範囲は1章から16章まで)使われています。またパウロ書簡の中では、パウロが自分を紹介するときに、自分を「使徒となったパウロ」と言っています。しかもそれは人間から出たことではなく、「イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた神によったのです」(ガラテヤ1:1)と述べることで使徒の神的起源を主張しています。パウロにはそのように主張しなければならない背景があったのです。ルカ文書のいう「使徒」はパウロのいう「使徒」とは少し意味合いが異なります。パウロの言う「使徒」は個別的意味合いが強いのですが、ルカの言う「使徒」とはあくまでも12弟子による共同体的・教会的「使徒」を意味しています。
  • ルカの福音書におけるイエスと使徒たちのかかわりに目を向けると、イエスは12人の使徒たちに自分と同じく福音を宣べ伝え、病気をいやす力と権威を与えています(9:6)、そのことを報告した使徒たちをイエスは連れてある町へ退きます(9:10)。この「退く」リトリートはイエスがいつもしていたことでした。使徒たちもアウトプットの働きをしたあとには、このように力のインプットのために「退く」ことを身をもって教えたようです。
  • 使徒たちはいつも共にいるイエスに対して「問いかける」ことのできる位置にいつもいました(17:5)。このことはとても重要です。最後の晩餐でのきわめて重要な教えも使徒たちに対してなされました(22:14)。しかしそんな彼らもイエスを裏切りました。しかも復活の出来事を女性たちから聞かされた時、使徒たちは信用しなかったのです(24:10)。
  • 復活後の40日間、イエスは使徒たちに特別に現われて、再度、神の国のことを語り、自分が生きていることを示されました(1:2)。そして彼らに゜エルサレムから離れないようにと命じました。この命令はやがて迫害がエルサレムに起こったとき、多くの弟子たちは各地に散りましたが、使徒たちだけはエルサレムにとどまったことをみても分かります。短い期間、エルサレムを出ることはあったとしても、必ず、エルサレムに戻っています。また、エルサレム会議を見てもわかるように、教会の重要な決定は常に使徒たちを通して決定されています(15章)。エルサレムの使徒たちはそれだけの権威を与えられていたのです。
  • ペンテコステ以降の教会が誕生しましたが、そこでは主にある人々は使徒たちの教えを堅く守っていました(2:42)。また、教会に分裂をもたらしかねない問題が起ったときに、使徒たちは別に七人の執事を選出してその問題の解決に当たらせました。そして使徒たちはなにをしたかといえば、「もっぱら祈りとみことばの奉仕に励む(専心した)」ことをしたのです。
  • 権威を与えられた使徒たちが、最も優先したことは、様々な働き(ミニストリー)ではなく、祈りとみことばに専心することでした。このようにして、神の権威は保たれていったのです。神から与えられた権威をふりかざして、人々を指導するのでは、その権威が常に神から与えられたものであることがだれにでもわかるように、祈りとみことばに専心した使徒たちの存在は今日における大きな教訓です。教会はこの世の民主的な政治とは異なります。神の権威と力を正しく理解し、それに導かれていく知恵が必要です。

2. 「遣わされた者」としての使徒(アポストロス,άποστολος)

  • 辞典で「使徒」を調べると、その意味は「遣わされた者」であると記されています。その定義はヨハネの福音書13:16から取られたものです。それによれば「しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさるものではない」とあります。ここの「遣わされた者」が「アポストロス」ということばです。「遣わされた者」としての「アポストロス」は、自分の主人の使者であり、メッセンジャーです。主人の代理者として、伝えるべき内容をそのまま伝えるための権威を賦与されて遣わされた者、これがパウロの言う「使徒」の意味です。これはルカが用いている「アポストロス」とは意味合いが異なりますが、聖書のいう「使徒」とはその二つのラインを合わせ持っているということです。
  • パウロは自分が使徒として認められないことを悩みました。使徒としての権威が認められなければ、神の働きを推進していくことはできません。神から来る確かな使徒としての権威は、神から直接来るものと、共同体的・教会的な支えが必要であることがわかります。ですから、使徒パウロは宣教旅行のあとに必ずエルサレムを訪れては報告し、他の使徒たちとの交わりをもつことを大切にしていたのです。パウロは神から与えられた使徒としての権威を、エルサレムの使徒たちに与えられている教会的権威とを対立させることなく、常に、同じ神から来ていることをあかししようとしたのです。

2011.8.18


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