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イエスの十字架を背負ったクレネ人シモン

70. イエスの十字架を背負ったクレネ人シモン

【聖書箇所】 23章26節のみ

はじめに

  • 最近、私は、イエスを取り巻く風景のありとあらゆるものが、必ずどこかでつながっているのだということを意識するようになってきました。たとえ人間的には偶然、たまたまのように見えたとしても、神の視点では必然だということです。ただ私たちはその天におけるパズルが解けないのです。そのパズルを解くことのできる方は、「知識と知恵の啓示の御霊」です。ですから、その方の導きと助けを仰ぎつつ、神のみことばを読む時、そのパズルが解かれるのだと信じるようになりました。今回の聖書箇所もそうした思いで取り組んでみたいと思います。これは新しい聖書の読み方の取り組みです。
  • 今回の突っ込み聖書研究の聖書箇所は、ルカの福音書23章26節のみです。この箇所には、共観福音書のすべてが「イエスの十字架を背負った人物、クレネ人シモン」について記しています。

【新改訳改訂第3版】
マタ 27:32
そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。


マル 15:21
そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。


ルカ 23:26
彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。


1. シモンついての情報の整理

  • これらの共観福音書の記述から、イエスの十字架を背負ったシモンについてのさまざまな情報を整理し、まとめてみます。

(1) 彼はクレネ人であった
「クレネ人」とは、北アフリカの地中海に面したところにあるクレネに住んでいる者という意味です。「クレネ」をマルコもルカも「いなか」と称しています。シモンはそこに離散したユダヤ人でした。クレネ島に住むユダヤ人シモンが、過越の祭りに、二人の息子を連れてエルサレムに巡礼に来ていたと思われます。神の律法ではすべての成人男子は神の定めた主の例祭(年三回)にエルサレムに来なければなりませんでした。

「いなか」と訳されているギリシャ語は「アグロス」αγροςです。確かに、田舎、野原という意味もありますが、ここでは、「耕作地、畑」という意味もあります。エマオ出版社訳ではこのことばを「農場」と訳しています。当時の「クレネ」は地中海に面した北アフリカの一大都市で、アレキサンドリアに並ぶ都市でした。ですから、「いなか」というイメージではなく、シモンがクレネで「農場」で働く者であり、春の収穫が終わった頃に持たれる「過越祭」に自分と息子たちを連れてエルサレムに来ていたとするのが自然です。

(2) 彼には二人の息子がいた
マルコは正確にその息子たちの名前を記しています(15:21)。二人の息子の名前は「アレキサンデル」、そして「ルポス」です。後者の名前は使徒パウロがローマの教会に宛てた手紙の中に登場します。そこでは「主にあって選ばれた人ルポスに宜しく」とありますが(16:13)、果たして、父シモンの息子かどうかは確定できませんが、可能性がないとは言えません。フランシスコ会訳では「主と結ばれ選ばれた者ルフォス」と訳されているが、原文では新改訳のように「主にあって選ばれた人ルポス」です。

(3) シモンの一連の行為は強制的
彼は「見つけられ(εύρίσχω)」(マタイ)、「つかまえられ(έπιλαμβάνομαι)」(ルカ)、「むりやりに(άγγαρεύω)」(マタイ、マルコ)、イエスの十字架を「負わせられ(έπιτίθημι)」(ルカ)「背負わされ(αίρω)」(マタイ、マルコ)、イエスの「うしろから(όπισθεν)」(ルカ)「運ばせられた(φέρω)」(ルカ)。

(4) イエスの後ろについて十字架を運んでいる
イエスの十字架を背負わされたシモンは、イエスのうしろから運んでいます。ルカは、ここで「うしろから」と訳された「オピスセン(όπισθεν)」という前置詞を使うことで、イエスが以前ペテロが重要な信仰告白をした後の出来事と結びつけています。

前置詞「オピスセン(όπισθεν)」の動詞は「オピソー」όπισωで、~の後に従うという意味です。

(1) マタイ16:23【新改訳改訂第3版】
しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」
Get behind me, Satan! 私の後ろ(背後)へ引き下がれ(=前へ出てきて邪魔するな)という意味。

(2) マタイ16:24
それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」

(3) ルカ9:23
イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」

(4) ルカ 14:27
「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」

  • イエスは真の弟子についての資格について繰り返し語っています。そしてここではクレネ人のシモンがイエスの弟子として示されているように思います。ピリポ・カイザリヤにおいてシモン・ペテロが告白したその後に、イエスはエルサレムでの受難を告知しました。そのときシモンがそんなことがあってはならないと言ったとき、イエスから「引き下がれ。サタン」と言われました。しかし、イエスの受難においては、もう一人のシモンがイエスのあとから十字架を負っているのです。

2. 聖書に登場する「シモン」という名の人物

  • 「シモン」Σίμωνという名はギリシャ名。へブル名では「シメオン」שִׁמְעוֹן
  • 旧約聖書で「シメオン」はヤコブの第二番目の子どもです。その名前の由来は、母レアが「夫に嫌われているのを主が聞かれて、子を授けてくださった」ということです。
  • 父ヤコブは最後に子どもたちを祝福したときに、シメオンとレビのした暴虐な行為のゆえに、「私は彼らをヤコブの中で分け、イスラエルの中に散らそう」と預言しています(創世記49:7)。この預言は実現し、シメオン族はユダ族に吸収され、レビは各部族の中に散らされています。モーセの最後の祝福の時には、すでにシメオン族だけがなくなっています。
  • 旧約ではシメオンは呪われた部族としてその姿が見えなくなっていました。ところが新約聖書では、以下のように同じ名前を持つ人物がなんと多く登場しているのです。

①イエスの弟子であるシモン・ペテロ。使徒15では、「ペテロ」とも「シメオン」とも呼ばれている。
②イエスの弟子である熱心党のシモン(マタイ10:4、マルコ3:18、ルカ6:15、使徒1:13)
③イエスの兄弟の一人シモン(マタイ13:55、マルコ6:3)
④イエスの十字架を負わされたシモン(マタイ27:32、マルコ15:21、ルカ23:26)
⑤イスカリオテのユダの父シモン(ヨハネ6:71、13:2、13:26)
⑥イエスを食事に招いたパリサイ人のシモン(ルカ7:40, 43, 44)
⑦イエスがベタニヤで滞在していたらい病人のシモン(マタイ26:6、マルコ14:3)
⑧サマリヤの魔術師シモン(使徒8:9, 13, 18, 24)
⑨ペテロが滞在していたヨッパの皮なめしシモン(使徒9:43、10:6, 17, 32) 
⑩幼子イエスを抱いて祝福したエルサレムの老シメオン(ルカ2:25 28, 34)
⑪アンテオケ教会の指導者の一人、ニゲル(黒人)と呼ばれるシメオン(使徒13:1)

  • これらのことをどのように理解すべきか、思案に暮れます。はっきりと言えることは、旧約ではユダ族に吸収されたシメオン(シモン)族を神は決して忘れてはおられないということです。イエスが誕生されたとき、一番先にその幼子を抱いて祝福したのは、なんと突如として現われた、しかも聖霊に満たされた、聖霊に導かれた老シメオンです。

3. ルカ文書における「シモン」(シメオン)の啓示―地域別―

(1) エルサレムの老シメオン
(2) ガリラヤで召命を受けた弟子のシモン・ペテロ
(3) ガリラヤのパリサイ人シモン
(4) クレネ(地中海)人でイエスの十字架を背負ったシモン
(5) サマリヤの魔術師シモン
(6) ヨッパの皮なめしのシモン
(7) アンテオケのニゲル(アフリカ)と呼ばれたシメオン⇒これが「クレネ人シモン」と同一人物。

  • ここには地域的な領域において、福音宣教の重要な場所(拠点)には必ずや「シモン」(シメオン)が存在しています。まだ、見えてこない部分が多々ありますが、聖書の中に、これほどに「シモン(シメオン)」という名が記されていることは、神の戦略において、これまで長い間、散らされ、隠されてきたことが、再び集められ、目に見えるようされることを確実に示唆しているように思うのです。

2012.10.18


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