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イエスの埋葬の風景

74. イエスの埋葬の風景

【聖書箇所】 23章50節~56節

はじめに

  • 十字架の上でイエスは、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」と言って息を引き取られました(23:46)。時は午後三時頃でした。十字架の光景を見に集まっていた群衆もみな、悲しみながら帰りました。帰ったと言っても、この時はユダヤの重要な「過越の祭り」のときですから、ゴルゴタの場所からそれぞれ自分の家や宿に戻ったということでしょう。しかし、イエスの知人と、ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはなかなかその場から離れがたく、去りがたく、遠く離れて立ったままでゴルゴタの風景を見ていたのです。
  • ユダヤの律法によれば、十字架にかけられて呪われた者によってその地が汚れることがないように、「安息日」の前までに死人を十字架から引き降ろさなければなりませんでした。そのとき、ところが、イエスを引き降ろして墓に埋葬しようとした人物が突如あらわれたのです。その人物こそここではじめて登場する「アリマタヤのヨセフ」です。彼が現れなければ、イエスは二人の囚人とともに囚人用の墓地に埋められていたかもしれません。
  • 「アリマタヤのヨセフ」は新約聖書に4回記されています。というのは、四福音書のすべてがイエスのからだの下げ渡しを願った人物として名指しで彼を紹介しているからです。その人物をフォーカスしてみたいと思います。

1. 「アリマタヤのヨセフ」のプロフィールと墓の提供

(1) 「アリマタヤ」という地名

  • 「アリマタヤ」とは、ギリシャ語で「ハリマサイア」άριμαθαία 、これは「高い所、山地」という意味のヘブル語「ラーマ―タイム」に、定冠詞のついた「ハーラーマ―タイム」 הָרָמָתַים(haramathaim)をギリシャ語に音訳したもので、預言者サムエルの故郷である「ラマタイム・ツォフィム」と同一視されています。通称「ラマ」とも呼ばれますが、イスラエルには他の三つの地域にも「ラマ」と称するところがあり、おそらくアリマタヤのヨセフは、預言者サムエルの生まれ故郷と同じ場所です。
  • イエスの遺体を十字架から引き降ろした人物が「アリマタヤ」出身であったことは深い霊的な意味があります。「アリマタヤ」は預言者サムエルの出生の場所です。サムエルは最後のイスラエルの士師として、王を求めるイスラエルに対して、イスラエルにおける王制の理念を文書化した偉大な預言者でした。やがて彼から油注がれたダビデが登場しますが、ダビデ以降、預言者サムエルの警告どおり(Ⅰサム8章参照)、イスラエルの多くの王が牧者の心を失って行きました。その結果としてイスラエル(北も南も)は亡国という憂き目に遭いました。そうした中で預言者エゼキエルは、真の牧者なるメシアを神がお遣わしになることを預言しました。エゼキエル書34章にあるように、羊を知り、羊を養い、敵から守り、憩わせ、そして羊のためにはいのちを捨てるという、そのような牧者こそイスラエルの真の理想的な王の姿です。それはダビデに勝る真の王、メシアなる王イエス・キリストを指し示しています。

(2) アリマタヤのヨセフという人物

  • アリマタヤのヨセフは、預言者サムエルと同じ出身地であり、サムエルが指示した「まことのイスラエルの王であり、かつ真の牧者」であるメシアを待ち望んていた人のひとりでした。ルカは彼を老シメオンと同様、「神の国を待ち望む人」として紹介しています。彼らはサムエルの霊性の流れを汲む者たちです。
  • アリマタヤのヨセフは、イエスこそそのメシアであることを信じて、イエスの弟子となった人でした。彼のプロフィールを四つの福音から拾ってみると以下のようになります。

①マタイ27:57「金持ちで、イエスの弟子になっていた(アオリスト)」
②マルコ15:43「有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。」
③ルカ23:50「議員のひとりで、りっぱな(αγαθος)、正しい(δίκαιος)人(=男, ανηρ)」、51節「この人は議員たちの計画(決議=βουλη)や行動に同意しなかった(未完了)。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた(未完了)。」
④ヨハネ19:38「イエスの弟子であったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していた(完了受動の分詞)アリマタヤ(出身)のヨセフ」が、ビラトに・・のことを願った(アオリスト)。

  • 上記の情報から明確に分かることは、彼がイエスのために選ばれていたことです。もし彼がお金持ちでなかっとしたら、自分のために作っておいた新しい墓をイエスのために提供することはできなかったはずです。使徒パウロも「神は知恵ある者や強い者をはずかしめるために、この世の愚かな者や弱い者を選ばれた」としながらも、主にある知者や身分の高い者たちも少なからずいることを述べています(1コリント1:26~27)。アリマタヤのヨセフはそんな身分の高い者の一人です。
  • また、イエスの十字架の死は、彼をしてはっきりと自分がイエスの弟子であることを公にする機会となりました。それまでの彼は、ユダヤ人を恐れて自分がイエスの弟子であることを隠していたのです。イエスの遺体を十字架から引き降ろすことで自分がイエスの弟子であることを公にすることによって、信仰を同じくする仲間として、律法学者のニコデモもイエスの埋葬にかかわりました。信仰を明確にしたことで、同じ仲間がいることを知った(得た)のです。

(3) アリマタヤのヨセフの墓が提供されたことの意味

  • もし、彼が墓を提供することがなければ、公に、イエスが埋葬されたことを証しすることはできませんでした。これはイエスの復活の事実を明確にするためにとても重要なことでした。
  • イエスの埋葬の風景は、その前の十字架の風景から比べるならば、とても静寂でした。しかし、イエスを死に葬ったユダヤ当局は心穏やかではありませんでした。安息日に入った夜、彼らは律法違反ともなる異邦人のピラトの官邸に赴き、三日間墓の番兵を出して監視してもらえるよう交渉しました。ユダヤ人は安息日を守らなければならないために墓の番をすることができなかったからです。交渉の結果、ピラトは番兵を出すことを許可しました。祭司長とパリサイ人たちは墓ににまで行って、封印までしています。これはアリマタヤのヨセフがイエスを墓に入れたことで、ユダヤ当局がイエスが墓の中に葬られた事を確認したことを意味します。このことはイエスの復活がより明確にされる結果となるからです。

2. イエスの死と埋葬に付き添っていた女性たち

  • イエスの弟子たちは、ここではアリマタヤのヨセフとニコデモを除けば、他の男性の弟子たちはひとりもおりません。しかし、このイエスの埋葬の時には、「ガリラヤからイエスといっしょに出て来た女性たちがいたことをそれぞれの福音書は記しています。

画像の説明

  • マグダラのマリヤはどの福音書にも共通して登場しています。ルカの福音書では固有名詞はありませんが、「マグダラ」という地名はガリラヤ湖周辺にある町であるので、ガリラヤから来た女たち」の中に含まれるように書かれています。マタイの「ヤコブとヨセフ」とマルコの「小ヤコブとヨセフ」は同じ意味と考えられます。彼らの父の名前は「クロパ」とも考えられます。
    「小ヤコブ」と記されているのは、おそらく「アルパヨのヤコブ」という他の弟子がいるためです。
    マルコの記す「サロメ」という名前は、主イエスの母マリヤの妹と考えられます。そしてその夫の名前は「ゼベダイ」、そしてゼベダイの子どもは「ヤコブとヨハネ」です。
  • イエスの埋葬を見ていた女性は4人です。つまり、それはマグダラのマリヤ、クロパの妻マリヤ、イエスの母マリヤとその妹サロメの4人です。
  • ちなみに、イエスがエルサレムに来たとき必ず訪れたベタニヤの村の「マルタとマリヤ」の姿はこには見られません。なぜなら、すでにマリヤはイエスの葬りを予感して香油を塗っていたからです。

2012.11.15


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