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エジプトと同盟を結んだユダへの主のことば

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19. エジプトと同盟を結んだユダへの主のことば

【聖書箇所】28章1~29節

ベレーシート

  • イザヤ書28~33章は一つのまとまりを持っています。その内容はアッシリヤの勢力に脅かされ、エジプトの軍事的援助に拠り頼もうとしているユダの指導者、エルサレムに対する神のさばきのことばです。と同時に、真の希望は静かに穏やかにして主なる神に信頼することから来ることを、終末における神のご計画を垣間見させることで教えようとし言います。
  • イザヤ書28章は、サマリヤの滅亡(1~6節)と正気を失ってエジプトと同盟を結んだエルサレムの祭司や預言者たちへの叱責と神の回復の預言(7~22節)、そして、神の知恵による神の定めはすでに確定していて不変である(23~29節)という三つの部分からなっています。

1. エフライムの誇りの冠であるサマリヤの滅亡

  • エフライムの主都サマリヤは、良く肥えた谷の中央の丘の上にあり、塔のある城壁で囲まれていたために、美しい飾りの花のように、また冠のように見えたようです。しかしそれが「強いもの」と表現されるアッシリヤによってしぼんでいく花のように、また足の下に踏みにじられる運命にあることが語られます。そしてそれはB.C.722年に実現しました。
  • と同時に、終末預言を示す「その日」には、主ご自身が彼らの中の残りの者にとっての栄光の「冠」となることを預言しています。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書28章5~6節
    5 その日、万軍の【主】は、民の残りの者にとって、美しい冠、栄えの飾り輪となり、
    6 さばきの座に着く者にとって、さばきの霊となり、攻撃して来る者を城門で追い返す者にとって、力となられる。


2. 死と契約を結び、よみと同盟を結んだ正気を失った祭司と預言者たち

(1) 強い酒のために「よろめき」「ふらつき」「よろける」指導者

  • 7節に「しかし、これらの者もまた」とあります。ここからの部分が28章の本筋に当たります。ユダの祭司たちと預言者たちが、強い酒やぶどう酒のために「よろめき」「ふらつき」混乱し」ていると叱責されています。これらの表現は比喩的表現です。

①「よろめく」と訳された「シャーガー」(שָׁגָה)は、「(神意から)迷い出て、正しい判断ができずに過ちを犯す」という意味。
②「ふらつく」と訳された「ターアー」(תָּעָה)は、目がくらんで「さ迷う」という意味。
③「混乱する」と訳された「バーラ」(בָּלַע)は、本来「飲み込む」の意ですが、ここでは受動態なので「飲み込まれる」「(酒に)「おぼれる」という意味。
④「よろける」と訳された「プーク」(פּוּק)は、「よろめいて正しく判定できない、判定を誤る」という意味。


(2) 「死の契約」「よみと同盟」を結んだ指導者

  • そんな彼らは、エジプトと同盟を結んで、アッシリヤの危機から守られようとします。つまり、エジプトとの同盟について「死と契約を結び、よみと同盟(協定)を結んだ。たとい、にわか水(アッシリヤの勢力のこと)があふれ、超えて来ても、それは私たちには届かない。」と彼らはたかをくくっていたのです。しかしイザヤは、こうした政治的工作を厳しく非難します。そして18節で彼らに「死との契約は解消され、よみとの同盟は成り立たない。にわか水があふれ、越えて来ると、あなたがたはそれに踏みにじられる。」と主のことばを語ります。しかもそれは繰り返し繰り返し押し寄せる、と。この啓示を彼らに悟らせることは全く恐ろしい(恐怖でしかない)ことだとしています(19節)。

(3) シオンに据えられたひとつの礎の石

  • そうした状況のなかで、神である主は次のように預言しています。冒頭の「見よ」は、終末預言(メシア王国、千年王国)を示唆することばです。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書28章16節
    見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える。これは、試みを経た石、堅く据えられた礎の、尊いかしら石。これを信じる者は、あわてることがない。

  • 16節にある「一つの石」「試みを経た石」「堅く据えられた礎の石」「尊いかしら石」の「石」(「エヴェン」אֶבֶן)は単数形であり、「メシア」を表わす比喩的表現です。この石についてさまざまに描写されています。

① 神が「据える」一つの石
「据える」という動詞は「ヤーサド」(יָסַד)の完了形で、ここではその強意形のピエル態が使われています。「堅く据えられた礎」の「堅く据える」ということばは「ムーサード・ムーサーッド」(מוּסָד מוּסָּד)で、「堅く」という語彙はなく、「基礎を据える」という動詞の分詞と名詞が重ねられたフレーズとなっています。ここの完了形は預言的完了形です。必ずそうなることを意味しています。

② 「試みを経た石」
「試みを経た」とは、困難とか試練を経た石という意味です。自然界の石は灼熱の太陽の熱に照らされ、あるいは激しい雨の力に叩かれ、また風に吹かれたりします。そうしているうちに風化していきます。持ちこたえられない石は崩れてなくなりますが、ここでの「石」は永遠の石であり、決して風化することなく、どんな熱にも激しい風雨にも耐えることのできた石です。厳しくテストされた石こそ土台(礎)となるという意味です。神が備えてくださる石とは、どんな試練の中にあってもそれに耐え、屈伏しなかった勝利の石となるのです。

③ 「尊い石」
「尊い」と訳されたヘブル語は「ヤーカール」(יָקָר)という形容詞で「非常に高価で、他に見ることができない」という意味です。二つとない、類例を見ない特別な石なのです。

  • そのような「石」を信じる者は、あわてることがないとしています。「あわてることがない」という動詞は未完了形で、やがてメシア王国が到来する時までずっと、という継続的な意味合いを持っています。にもかかわらず、メシアであるイェシュアがこの世に遣わされたとき、人々はこの「石」につまずいて見捨ててしまったのです。実は、そのことも預言されていました。

【新改訳改訂第3版】詩篇118篇22~24節
22 家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。
23 これは【主】のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。
24 これは、【主】が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。

  • イザヤ書28章16節の約束をメシア預言として使徒パウロと使徒ペテロは好んで以下のように引用しています。

    ①【新改訳改訂第3版】ローマ書9章33節
    それは、こう書かれているとおりです。
    「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。
    彼に信頼する者は、失望させられることがない。」


    ②【新改訳改訂第3版】ローマ書10章11節
    聖書はこう言っています。
    「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」


    ③【新改訳改訂第3版】Ⅰペテロ書2章6節
    なぜなら、聖書にこうあるからです。
    「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。
    彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」


3. 「主のはかりごと」は奇しい

  • イザヤ書28章の最後の区分は23~29節です。29節には、万軍の主のもとから出るすべての「はかりごとは奇しく、そのおもんばかりはすばらしい」とあります。「はかりごと」と訳されたヘブル語は「エーツァー」(עֵצָה)で、ここでは主のご計画(マスタープラン)を意味します。「おもんばかり」と訳されたヘブル語は「トゥーシッヤー」(תּוּשִׁיָּה)で「英知」、あるいは「救い」とも訳されます。
  • 主の救いのマスタープランは不変です。すでにそれは神のご計画の中で定められています。その「主の定め」を知ることは神を愛することと同義なのです。「主の定め」を知ることは、私たちの信仰を強いものにします。最後が分かってこそ、今をゆるぎない希望をもって生きる力が与えられます。この希望を私たちはそれぞれ、だれに対しても語れる(説得・論証できる)者とならなければなりません。なぜなら、これはイェシュアが語られた「御国の福音」だからです。


2014.9.2


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