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エズラに与えられた聖なるヴィジョン

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エズラ記の目次

8. エズラに与えられた聖なるヴィジョン

【聖書箇所】 8章1節~36節

ベレーシート

  • 8章32節に「こうして、私たちはエルサレムに着いた」とあります。「こうして」というからには、そうなるプロセスや目的や意図などがあります。聖書には「私たちは神の恵みの御手があったので」(18, 31節)と記されていますが、その恵みの御手は具体的にどのように表されたかといえば、以下の二つです。

    (1) エズラのヴィジョンを共に担う必要な人材が与えられたこと。
    (2) 神殿で使われる高価な器具(日本価格にして数十億円に相当する)を運ぶ旅が、主によって守られたこと。

  • いずれも、神殿を中心とした礼拝する上でなくてはならない不可欠な人材と器材ですが、エズラが帰還するに当たって、特にこだわったのはレビ人の存在でした。そのこだわりの意図は、エズラに与えられていた神からのヴィションを実現するために必要な人材だったからです。

1. 神の民をして、礼拝する民とするというヴィジョン

  • エズラがエルサレムに帰還(到着)したのはB.C.458年です。第一次帰還がB.C.537年ですから、それから約80年経過しています。神殿完成からも57年経過しています。ユダの民が神殿を失いバビロン捕囚となったのはB.C.587年ですから、エズラが帰還した年月は約130年経っています。バビロンで捕囚となって人々は、4~5世代かけてエズラという象徴的人物を生み出しました。エズラは大祭司の家系の一人であると同時に、律法に精通した学者でした。彼がエルサレムに帰還して成し遂げようとしたことは何であったか。それは神の民をして、真の神を礼拝する民とすることでした。
  • レビ人はかつて神殿における礼拝のためのさまざまな働きを担っていました。しかし今やエズラが彼らに求める働きは、もっと高度なものではなかったかと想像されます。新しい神の民として、祭司の王国にふさわしい神の民として回復するためには、またまことの神を礼拝する民として回復するためには、教育が必要であったはずです。エズラは神の律法を教え、律法を会堂で朗読するために、聖書を編纂し、また聖書の写本といったこれまでにない働きを担う人材が必要でした。
  • エズラがエルサレム期間前にバビロン中を捜して238名のレビ人をスカウトしました。そのリーダ的な存在となった11名を含めると、249名となります。一つの国において249名という人数は多くはありませんが、彼らがエズラの働きを支えて行ったと考えられます。

2. 礼拝する民という視点から歴史が見直された

  • また、エズラ記と歴代誌は本来一つの書だと言われます。それは歴代誌と最後の部分とエズラ記の最初の部分が重なっているからです。歴代誌の著者がエズラであることも考えらます。歴代誌の神学は、イスラエルの民が礼拝の民としてのアイデンティティを確立させることです。そのため、神と民との「契約」という視点から書かれた「列王記」とはその歴史観を異にします。
  • 歴代誌においては、契約の箱をシオンに安置し(ダビデの幕屋)、神殿建設を準備したダビデとそれを建設したソロモンの偉業を想起させることで、礼拝の重要性を再認識させようという意図があります。それゆえ、礼拝を尊び、神に従った王は祝福を受け、偶像礼拝に陥った王は災いを受けたことを想起させ、警告を与えています。特に、南ユダ王国の歴代の敬虔な王たちにスポットが当てられています。アサ、ヨシャパテ、ヒゼキヤ、ヨシヤといった王たちは、他の王に比べて多くの紙面が割かれています。また、マナセのように悔い改めた王に対する神の恵み深い赦しをも強調しています。
  • エズラを中心としたレビ人たち、および、祭司の集団によって新しく生きた信仰が生まれますが、そこには上からの特別な霊的な力が注がれたと言えます。


2013.10.18


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