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エゼキエルの預言的な象徴行為

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5. エゼキエルの預言的な象徴行為

【聖書箇所】 4章1節~17節

ベレーシート 

  • 預言者は、本来、神の代弁者として言葉によって語る者として召され、遣われる存在です。ところが、エレミヤやエゼキエルなどは、神のことばだけでなく、ある象徴的な行動によって神のメッセージを人々に伝えています。それは神が命じたことだったからです。

1. 預言者による象徴的な行動

  • イザヤは、裸やはだしで歩くことによって、エジプトとエチオピアのしるしとなりました(イザヤ20:3以下)。エレミヤも麻の帯を川の水の中に隠し、それによっで腐敗させたり(13:1~7)、人の前で壺を砕いたり(19:10)、首にくびきを掛けたり(28:10~17)、投獄中に故郷アナトテの畑の土地を購入する契約をしたり(32:6~15)という行動をするように神から命じられました。それらの行動(行為)それ自体が神のメッセージでした。イザヤやエレミヤ、そしてエゼキエルにしても、聞く耳をもたない人々に遣われたため、神のことばに耳を傾けない者に対して奇妙な行動を通して、神のみこころを教え、かつ警告したのでした。

2. エゼキエルの三つの預言的象徴的な行動

  • エゼキエル4章では、エゼキエルが三つの預言的な象徴的行動を通して、神のことばを民に訴えることが神から求められています。その象徴的行為は預言の言葉とともに、強い印象を聞くものに与えるからです。

    (1) 粘土板にエルサレムの町を彫り付ける(1~3節)
    最初の象徴的な行動は、粘土板に包囲されたエルサレムの町を彫ることでした。その後、自分とこの粘土板との間に「鉄の平なべ」を立て、顔をエルサレムの町にしっかりと向けることでした。これは敵による包囲を予告し、警告するための行為でした。

    (2) (4~8節)
    ヘブル語では左を北、右は南を意味します。したがって「左右の脇を下にして横たわる」とは、北イスラエル王国の捕囚と南ユダ王国が背負わなければならない捕囚の運命を意味しています。

    イスラエルの家とユダの家の咎を自分の身に負い、それぞれ390日と40日間、横たわることでした。おそらくこの行動は継続的というよりは、毎日繰り返された行動と思われます。その日数の意味についてはいろいろな人が解明を試みていますが、いまだ誰も説得力のある答えは見出せていません。いずれにしても、寝返りのできないここでの行為は、エゼキエルにとって苦痛であったに違いありません。

    (3)  食物の不足と汚れたパン
    エルサレムの包囲によって、食べる物も飲む水も不足するという深刻な自体になることを民に訴えるための象徴的行動です。また口にするパンを「人の糞で焼く」という屈辱に対しては、エゼキエルも拒絶し抗議したため、「牛の糞」で焼く許可を得ましたが、それは約束の地を離れて異邦の地で汚れたパンを食べることはユダの人々にとっては屈辱のなにものでもなかったのです。

最後に、預言的な象徴的行為は5章においても命じられます。

2013.5.1

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