****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

オール

No.10「オール」(אוֹר)

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「神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。」(創世記1:3)

●ヘブル語の「オール」(אוֹר)は「」を意味します。この「光」は太陽の光とは異なり、神の「光」です。創世記から黙示録まで一貫して存在しているのが「光」です(創1:3、ヨハネ1:9、黙22:5)。特に、私たちクリスチャンが最後に行きつく「新しいエルサレム」には太陽も月もありません。なぜなら、神がそこを照らされるからです。

●この光は人に「いのち」をもたらします。ですから、この光と出会い、この光に照らされることがなければ、神を知ることも、神のご計画も、神のみこころ・みむね・目的も、また私たち人間の存在の目的さえも悟ることができないのです。その光の正体とは何でしょう。それは御子である「イェシュア」です。そのイェシュアが「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます」(ヨハネ8:12)と述べているからです。ここでの闇とはサタンが支配する暗闇の世界です。この暗闇から救い出された者の代表としてパウロがいます。

●彼はダマスコ途上で「天からの光」に照らされて盲目とされました。しかし三日目に、目から「鱗のような物が落ちて」イェシュアこそメシアであると悟りました。このことによって、彼は聖書に一貫している神のご計画とみこころ、すなわち神と人とがともに住む (=御国を受け継ぐ)ことが、イェシュアによって実現・成就すると悟ったのです。ですから、パウロは「『闇の中から光が輝き出よ』と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです」(Ⅱコリ4:6)と述べています。「オール」であるイェシュアによって照らされた私たち教会は、さらに世を照らすメノーラー(燭台:מְנוֹרָה)として、その偉大さをあかしする務めが与えられています。

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