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キリストの囚人パウロ

第20日目 キリストの囚人パウロ

【聖書箇所】エペソ人への手紙3章1節

【新改訳改訂第3版】
こういうわけで、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となった私パウロが言います。


●「こういうわけで」という接続詞は、おそらく2章を受けていると思われます。1節には動詞がなく、「こういうわけで、私パウロ、キリスト・イエスの囚人、あなたがた異邦人のため」となっています。新改訳は「言います」という動詞を補って訳しています。


はじめに

  • エペソ人への手紙の冒頭で、「キリスト・イエスの使徒パウロ」と自己紹介していますが、3章では、パウロは以下のように三つの表現で自己紹介しています。ちなみに、4章1節にも「主の囚人である私」とあります。

3:1  異邦人のためにキリストの囚人となった私
3:7  福音に仕える者とされた私
3:8  すべての聖徒たちのうちで一番小さな私(=罪人のかしら)

  • 今回はこれらの自己紹介の中から、「キリストの囚人となった私」と「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私」という自己紹介に注目したいと思います。

1. キリストの囚人となったパウロ

  • 3章1節に「異邦人のためにキリストの囚人となった私」とあります。「囚人」ということばには、二つの意味合いがあります。

(1) 文字通りの囚人

  • 「囚人」、実際に使徒パウロは何度も投獄されました。パウロが入獄したのはピリピ、エルサレム、カイザリヤ、そしてローマの四か所です。特に、その生涯の終わりの4年間は完全に、自由に伝道旅行などできない状態(自宅軟禁)にありました。この期間に「獄中書簡」(エペソ、ピリピ、コロサイ書)が書かれました。また、「牧会書簡」(テモテ、テトス、ピレモン)も同様です。これまでのさまざまな場所で福音を語ることができなくなったパウロは、ローマのある一つの場所で、静まった形で、深淵な神の真理を手紙の形で書き残すことになりました。パウロがローマで実際に囚人という形で捕らえられることで、獄中書簡が残されたとすれば、囚人になったことは神のご計画であったと言えます。

(2) キリストと出会って、彼の全生涯がキリストに捕えられた囚人

  • しかし、パウロが「キリストの囚人」となった本当の意味は別にあります。それは、パウロがキリストと出会って、彼の生涯が「キリストに捕えられた」ということです。ピリピ人への手紙3章5~12節には、次のように記しています。

【新改訳改訂第3版】ピリピ人への手紙3章5~12節
5 私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法について
はパリサイ人、
6 その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。
7 しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。
8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思ってい
ます。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを
得、また、
9 キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に
基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。
10 私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、
11 どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。
12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。
そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。


  • 「キリストを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕えて下さった」・・これがパウロをして「キリストの囚人」とする理由であり、同時に、常にキリストを求め続けた理由です。イェシュアが「義に飢え渇く者は幸いです。その人は満ち足りるからです。」と言いましたが、まさにパウロはその見本と言えます。現状に甘んじることのないキリストを求める霊的探究、霊的渇望こそキリストの囚人の真の姿です。
  • パウロがキリストに捕えられたことで、天が開かれ、そこに備えられている測り知れない神の恵みの祝福があることを知らされ、私たちにもそのことが伝えられるようになったのです。イェシュアも言われました。「求めよ。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」と。霊的な渇望を持って、求め、捜し、たたくならば、必ず「天が開かれ」るのです。「それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださった」としています。このような「捕えられて、捕える」という生き方、つまりキリストによって捕えられたパウロが、キリストを得るために捕えようと追求した生き方には、現状に甘んじない霊的渇望があります。そうした思いも主から与えられたと言えます。

2. 聖徒たちの中で一番小さな私パウロ

  • さて、エペソ書3章8節から、もうひとつのパウロの自己紹介を見てみましょう。

すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝えるためにほかなりません。

  • 「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私」と自分を紹介するパウロ。これと似たような紹介が他の箇所にもあります。それは、コリント第一15章9~10節「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。」
  • 前者(エペソ)は「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私」と紹介し、後者(Ⅰコリント)では「使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者」と紹介しています。いずれも、「キリスト・イエスの使徒パウロ」という自己紹介から見ると、ぐんとへりくだった感じです。本当に同じ人が言っているのかと疑うような自己紹介です。
  • 「聖徒たち」というのはクリスチャンのことを意味しています。使徒たちの中でも最も小さいだけでなく、クリスチャンたちの中でも一番小さい存在だと言っています。しかし、私たちが知っているパウロは、どの使徒たちよりもはるかにまさって一番大きな働きをした人であり、3回にわたる伝道旅行によって、アジアからヨーロッパにキリストの福音を伝えて多くの教会を建て上げた人です。パウロはその働きによって教会がエルサレムから始まり、ユダヤ、サマリヤだけでなく「地の果て」(当時はローマのこと)まで、そしてやがては全世界のすべての人々にキリストの福音を伝える下地を開くべく神に用いられた人です。
  • それだけではありません。彼は天国(パラダイス)にまで引き上げられ、神から直接のことばを聞く経験をした人です。ですから、キリストの奥義をだれよりも深く理解し、それを伝えることができました。彼の書いた手紙がもし残されなかったとしたら、私たちはキリストが教え、成し遂げて下さったことの意味を十分には理解できなかったかもしれません。
  • 実は、彼はもともとユダヤ名で「サウロ」という名前でした。彼と同じベニヤミン族として、イスラエルの最初の王となったサウロの名にちなんでつけられた名前です。ところが、彼が異邦人伝道するにあたって自分の名前をギリシア名のパウロに変えました。その「パウロ」という名前の意味は「小さな者」という意味だそうです。名は体を表すとあるように、パウロの身体は小さかったようです。自分の名前を変えてまで、自分を「すべての聖徒たちのうちで一番小さい者」と言ったのはなぜなのでしょうか。

(1) 的はずれな者であることへの気づき

  • パウロが自分の名前をサウロからパウロに名前を変えた大きな理由は、彼が自分をだれよりも罪深き者だと気づかされたからです。彼がキリストに出会うまで、彼はユダヤ教の若き指導者でした。しかもエリート中のエリートでした。キリスト教会はまだ始まったばかりでした。彼は、実際のキリストと出会ったことはありませんでしたが、大工の息子であるイェシュアという者がキリストであるはずがない。十字架で死んだ極悪人を神としてあがめることは、神を冒涜し、神を汚すことだと純粋に思っていました。教会はとんでもない異端であり、それを根絶やしにしなければならないと考えて、それを実践したのでした。教会の最初の殉教者はステパノという人ですが、ステパノの殉教を背後で指導したのはパウロだったのです。このときから、パウロ(そのときはまだサウロ)は、クリスチャン狩りを始め、ユダヤだけであきたらず、遠く離れた北のダマスコという町まで行って、クリスチャンたちを縛りあげ、エルサレムに引っ張ってこようとしていた人物でした。聖書はこのときのパウロの姿をこう描いています。使徒の働き9章1節「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて・・・」と表現していますが、まさに飢えた獣が餌物を求めているような姿です。ギャングのリーダーのような粗暴な人物のように見えますが、もともと彼はそんな人物ではありせん。確かな家柄の出であり、当時の最高の教育を受けた人でした。教師としての素養を持ち、活躍の場も与えられていました。
  • そんな自慢できる彼がクリスチャンたちを迫害し、傷めつけ、暴力をふるう者となったのは、彼が自分の罪に気づいていなかったからです。彼は自信をもって、成功者の道をまっしぐらに進んでいると思っていたのです。
    自分が最も自信を持ち、最も力を尽くしていることのなかに、ある種の「危うさ」があることに気づくことは、容易なことではありません。むしろその「危うさ」に最も気づかないかもしれません。このとき彼はユダヤ教徒からは拍手喝采を受け、英雄扱いされていたかもしれません。しかし、そんな彼にダマスコへ向かうその道で大きな変化が起こったのです。キリストが天からの光の中に現われ、強い光がパウロを盲目にしました。そのことで彼は目からうろこが落ちるような経験をすることになったのです。
  • パウロはキリストの姿を見ませんでしたが、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」という声だけははっきりと聞こえたのです。彼はすかさず「主よ。あなたはどなたですか。」と尋ねました。「主よ。」というのは、この声の主が神であることを彼は悟ったからです。しかし同時に、自分はこれまで主である神に一生懸命仕えてきているのに、その主が「なぜわたしを迫害するのか」と尋ねるのが不思議だったのです。「あなたはどなたですか。」 その質問に対する声が聞こえました。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」
  • 「あの大工の息子であるイエスがキリストであるわけがない」と頑固に否定してきたパウロに、キリストは現われ、イエスがキリストであることを彼に直接示されたのです。この否定しようもない出来事に彼は戸惑ったことと思います。自分のやってきたこと、しかも正しいことをしてきたという自負が根底から崩されてしまったからです。彼は三日間、飲み食いしませんでした。それほどに彼にとってはショッキングな出来事だったのです。自分はなんてことをしてきたのだろう。とんでもないひどいことをしてしまった。・・罪責感で心がいっぱいになったことだと思います。
  • パウロは、目が見えていた時には、自分の本当の姿は見えませんでした。天からの光によって目がみえなくなってはじめて自分のほんとうの姿が見えるようになったのです。聖書にもこんなことばがあります。「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」(ヨハネの黙示録3:17)
  • パウロは自分が正しいことをしていると自負していたときには、自分の本当の姿がよく見えていなかったのです。熱心であってもそれが的をはずれているならば、その熱心さは多くの人たちを傷つけてしまう悪ともなるのです。聖書のいう「罪」とは、「的はずれ」という意味がありますが、キリストに出会う前のパウロのしてきたことは、「的はずれの罪」だったのです。このことに気づいたことによって、彼は自分を「聖徒たちのうちで一番小さな者」だということができたのです。彼は、別の箇所で「私は罪人のかしらです。」と述べています。
  • キリストに出会うということは、本当の自分の姿に気づかせられることです。人からの喝采、称賛を求めていく生き方は本当の自分の姿を見えなくしてしまうようです。パウロもキリストに出会うまでは、自分をふくらませ、自分を偉大な者にしようと一生懸命頑張ってきました。しかし、キリストと出会って自分の的はずれ(罪)な姿を知り、悔い改めたのです。そこから彼の新しい、いや、神が彼にご計画されていた本来の生き方をするようになったのです。私たちも自分の的はずれな生き方に気づきが与えられなければ、神がご計画している本当の自分を見出すことはできないと思います。

(2) 神の測り知れない恵みへの気づき

  • このパウロが、後に「罪の増し加わるところには、恵みも満ち溢れる」と述べています。つまり、神の恵みはどんな罪よりも大きいということを述べようとしているのです。パウロが気づきを与えられたのは、自分が的はずれな、罪人だということだけではありません。キリストの恵み、神の愛の恵みに気づかされたのです。
  • キリストの恵み、神の恵みに終始生かされている喜びをパウロほど伝えている者は他にいません。事実、このエペソ人への手紙でも、「恵み」ということばが、全体の6章の中に13回も使われているほどです。パウロは、コリント第一15章10節でこう述べています。「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」

①「神の恵みによって、今の私になった。」―神の恵みへの気づきは、パウロを全く新しくしました。
②「私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、ほかのすべての使徒たちよりも多く働いた。」
―パウロに与えられた務めのすべての動機は、神の恵みにあります。彼の務めの原動力は、人からの称賛と
か、名誉のためではなく、神の恵みに応えるものでした。
③「それは私ではなく、私にある神の恵みです。」
―再度、自分を動かしているものが、自分ではなく、神の恵みであることを自分にも言い聞かせるようにたたみかけています。

  • 私たちは、日毎に、どんなときでも、自分に向かって神の恵みを語り続けなければなりません。詩篇103篇にこうあります。

主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのにおそく、恵み豊かである。・・・私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎に従って、私たちに報いることもない。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。

  • また、詩篇23篇にもこうあります。

5 あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

  • この二つの詩篇には神の恵みがいかなるものであるかが述べられています。
    ①私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎に従って、私たちに報いることもない。
    ②私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来る。
  • この二つの事実をしっかりと身につけることができるように、自分に向かって語りかけることです。自分は、どんなときでもー良い状況の時でも、悪い状況の時でも、〔神から歓迎されている存在〕だということを堅く信じることです。ましてや自分は神から嫌われているなどとは決して思わないことです。私たちは、使徒パウロと同じように、小さな者であるかもしれません。しかし、神の恵みに生かされている者であることを信じましょう。なぜなら、あなたのいのちの日の限り、いつくしみと恵みとがあなたを追ってくるからです。神の恵みが、あなたの上に豊かにありますように。


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