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ダビデとともに戦う勇士たちの大陣営

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12. ダビデとともに戦う勇士たちの大陣営

【聖書箇所】Ⅰ歴代誌 12章1~40節

ベレーシート

  • そもそもイスラエルに王制が求められたのは、周辺諸国からの圧迫、特に、軍事国家であったペリシテの脅威があったからでした。最初の王となったサウルは12年間、イスラエルの王として治めますが、ダビデに対する確執のゆえに、多くの力がダビデの討伐に割かれてしまいます。はからずも、そのことによってダビデは王となるべく下積みの厳しい訓練を余儀なくされることにはなるのですが・・・。

1. ダビデが王となる前に、ダビデを助けるために集まった人々

  • ダビデに対して、「これまで、サウルが王であった時でさえ、イスラエルを動かしていたのは、あなたでした。」(11:2)とイスラエルの民たちが言ったように、ダビデが王となる前から、イスラエルの実質的な王はダビデだとイスラエルの民たちは思っていたことが分かります。ですから、そのダビデの許に(ユダ族は当然のことですが)、サウル王の出身部族であるベニヤミン族やガド族、そしてマナセ族がダビデを助けるために、日に日に、ダビデのもとにやって来たのです。そしてその数は神の陣営のような「大陣営となった」と記されています(12:22)。
  • ダビデが王としての務めを果たしていくための準備は、少しずつ進められて行ったのですが、このような王はイスラエルの歴史において他に例がありません。まさに、ダビデ王国はイスラエルにおける黄金時代と言われます。そしてそれは神のご計画におけるメシア王国(千年王国)の「型」でもあるのです。

2. ダビデを王として迎える全イスラエルとは、文字どおりの「全部族」

  • サウルがペリシテ人と戦ったときには、人々は自分たちが危険なのを感じ、ほら穴や、奥まった所、岩間、地下室、水ための中に隠れたとあります(Ⅰサムエル13:5~7)。戦いに駆り出された民は、震えながらサウルに従っていた者もいれば、サウルから離れて散っていく民たちもいたようです。しかし、ダビデが王となったから集まった人々は勇士たちであり、このような人たちの支援によって、勝ち戦が続き、イスラエルはゆるぎない国となって黄金時代を築きます。そうした戦いの勇士たちの存在が記録されています。その中に、「時を悟り、何をすべきかを知っていたイッサカル族のかしらたち」がいました。岩波訳はそのところを「時に臨んでなすべきことをわきまえていた者たち」と訳しています。「時を悟る」とは、また、「何をすべきかを知っていた」とはどういうことでしょうか。

(1) 「時を悟る」とは

●政治の世界では、しばしば、節操もなく勝ち馬に乗る目聡い政治家たちがいますが、イッサカルの場合の「時を悟る」には、神の言葉(約束)に基づき、神の摂理と支配を信じることからもたらされる洞察だと言えます。なぜなら、ダビデ王国の到来はその20年以上も前に、預言者サムエルは少年ダビデに次期の王として油を注いだ時から預言され ていたからです。

(2) 「なすべきことを知っていた」とは

●ダビデがすんなりと全イスラエルの王となったのではなく、サウルの周りにいた人々の勢力はいまだ残っていました。全ての部族代表がヘブロンに来て、ダビデに全イスラエルの王となるよう懇願したとき、それに反対する勢力があればいつでも戦う備えは出来ているという意志表示として、彼らは武装してやってきたのです。イスラエルにとって今大切なのは、長い間の内戦の矛を収め、 統一イスラエルを打ち立てることでした。それゆえ、ダビデ王権の樹立と民族統一のために旗色を明らかにすべきことを知っていたのです。

「イッサカル」の精神とその預言的意味は⇒こちら


3. 「ヘブロン」の預言的意味

  • ダビデはすでにヘブロンで7年半の間、ユダの王として治めていました。なにゆえに「ヘブロン」だったのでしょうか。そこには神の必然性があります。

【新改訳改訂第3版】Ⅰ歴代誌12章23節、38節
23 【主】のことばのとおり、サウルの支配をダビデに回そうと、ヘブロンにいるダビデのもとに来た、武装した者のかしらの数は次のとおりである。

38 誠実な心で、並び集まったこれらの戦士たちは、ヘブロンに来て、ダビデを全イスラエルの王にした。イスラエルの残りの者たちもまた、心を一つにしてダビデを王にした。


●聖書ではじめて「ヘブロン」という地名が登場するのは、創世記13章18節です。甥のロトと別れたアブラムはヘブロンにあるマムレの樫の木のそばで、主のための祭壇を築き、そこに滞在するようになります。カナンの地ヘブロンはもともとキルヤテ・アルバと呼ばれていました。「アルバ」とはアナク人の最も偉大な人物という意味で、「アルバはアナクの父」(ヨシュア記21:11)とあります。そこをアブラハムは滞在地として、死んだ妻サラのためにヘブロンのマクペラの畑地のほら穴を買い取って、そこを墓地としています。アブラハムの息子イサクもその地に住み、やがてヤコブもその地に帰っています。いわばイスラエルの族長たちの重要な地と言えます。

●カナン侵攻の後、ヨシュアもその地をカレブに与えています。その相続の理由は、主の命令によるもの(ヨシュア15:13)ですが、カレブが主の約束を信じて主に従い通した報いでした。

●ダビデはこのヘブロンでユダの王となったのです。そこにはアブラハムに続く信仰の系譜があります。後に、ダビデの四男であったアブシャロムが、一時、ヘブロンで王となることを宣言したのも、ダビデに謀反を起こすという意図的な戦略でした。

●また、ダビデの宿敵となったサウルの四番目の息子イシュボシェテとその将軍アブネルも、共に暗殺されて、ヘブロンの墓に葬られています。

●イスラエルの全部族が「ヘブロン」に結集してダビデを全イスラエルの王としたことが記されていますが、なにゆえにヘブロンであったのか、その必然性が「ヘブロン」という地名に隠されています。「ヘブロン」(חֶבְרוֹן)の語源は動詞の「ハーヴァル」(חָבַר)です。この動詞は「連なる、連合する、つなぎ合わせる、良くまとめられている」ことを意味します。詩篇122篇3, 6節に「エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている・・エルサレムの平和のために祈れ」とありますが、この詩篇はメシア王国に対する預言的詩篇なのです。

●全イスラエルがダビデを王とする上で、戦士たちは「誠実な心で」(「真心をもって」口語訳、「全き心をもって」新共同訳)、残りの者たちも「心を一つにして」(「~に同意して」新共同訳)とあります。前者は「ベレーヴァーヴ・シャーレーム」(בְּלֵבָב שָׁלֵם)、後者は「レーヴ・エハッド」(לֵב אֶחַד)とあり、いずれも「レーヴ」(לֵב)という語彙が使われています。この「心」には心情的な意味はなく、常に知性的な意味において用いられる語彙です。つまり全イスラエルはダビデが王となるべきことを、神の導きとして様々な角度から考えて正しく判断した結果としたことを意味します。つまり、そこに「一致」があったことを示しています。その「一致」のゆえに、彼らの「喜び」がありました(Ⅰ歴代誌12:40)。この「喜び」(「シムハー」שִׂמְחָה)も終末論的なメシア王国における喜びの「型」と言えます。


2013.12.28


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