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ダビデ契約の完全な成就に向けた呼びかけ

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53. ダビデ契約の完全な成就に向けた呼びかけ

【聖書箇所】55章1~13節

ベレーシート

  • イザヤ書55章1節の「ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い」という呼びかけ(命令)は、ヨハネの黙示録21章6節「事は成就した。・・・ わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。」と呼応しています。イザヤ書55章では、神が終わりの日に備えておられる祝福を代価を払わずに求めよと呼びかけています。
  • この章に出て来る「水」「穀物」「ぶどう酒」「乳」「パン」「脂肪」は、文字通りのものではなく、霊的なものと解するべきです。これらは神ご自身から派生する霊的祝福です。それは神から派生する「良いもの」であり、人の魂(「ネフェシュ」נֶפֶשׁ)を喜ばせる祝福です。
  • 特に「水」は「真理」と同義であり、それは「神のみことば」と解することもできます。特に、ヨハネの福音書にはそうしたことが啓示されています。

画像の説明

1. 呼びかけを表わす「レフ―」(לְכוּ)

  • イザヤ書55章1節には3回の「レフ―」(לְכוּ)があります。そして3節にも1回あります。「レフ―」は「行く」を意味する「ハーラフ」(הָלַךְ)の2人称複数の命令形で、「あなたがたは行け」です。どこへ向かって行くのかと言えば、
    ①1節「水の方に向かって」(「ラマイム」לַמַיִם)。しかし、1節にある他の命令には目的を示す表現があっても方向を示す語彙はありません。
    ②3節「わたしに向かって」=「わたし」は「主」のこと。
  • 「わたしに向かって行け」という表現は不自然なので、「わたしのところに出て来い」という訳になっています。「水」は「真理」、すなわち「神のことば」と同義であるゆえに、「水を求めて出て来い」とは、3節の「耳を傾け」、神のことばを「聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。」とつながります。この招きの背景には、みことばの飢饉があるのです。その「みことばの飢饉」とは、封印されている神のご計画(マスタープラン)と「御国の福音」の啓示に対する無知を意味します。そこにも確かに神のご計画があるのですが、人々がそれらを求めないために、霊的な「渇き」と「飢え」をもたらしているのです。
  • 主は、1~3節で二つの呼びかけをしています。さらに、6~7節では三つの呼びかけがなされています。

    (1) 「レフー」(לְכוּ)ー「出て来い
    (2) 「シムウー・シャーモーア」(שִׁמְעוּ שָמוֹעַ)ー「よく聞いて従いなさい」(同じ語彙「シャーマ」(שָׁמַע)が重ねられています)。そうすれば「魂は生きる」(フランシスコ会訳)と約束されています。
    (3) 「ディルシュー」(דּרְשׁוּ)ー「(主を)尋ね求めよ」(「ダーラシュ」דָּרַשׁ)の命令形。
    (4) 「ケラーウフー」(קְרָאֻהוּ)ー「呼び求めよ」(「カーラー」קָרָא)の命令形。
    (5) 「シューヴ」(שׁוּב)ー「(主に)立ち返る」ー新改訳は「主に帰れ」と訳していますが、命令形ではなく奨励です。主に「立ち返る」ならば、主のあわれみと豊かな赦しがあることを約束しています。


2. 主の「永遠の契約」の成就

  • 主の呼びかけの背後にあるものに注目しましょう。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書55章3節
    耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ


    【フランシスコ会訳】イザヤ書55章3節後半
    耳を傾け、わたしのもとに来るがよい。聞け、おまえたちの魂は生きる。わたしは、永遠の契約をおまえたちと結ぶ。それはダビデに対する変わらぬ慈しみの成就

  • 聖書が「とこしえの契約」(「ベリート・オーラーム」בְרִית עוֹלָם)、あるいは「永遠の契約」と言う時、その契約は、ノアやアブラハム、そしてダビデと結んだ契約のように、一方的な(破棄されることのない)恵みの契約を意味します。「恵み」は「ヘセド」(חֶסֶד)で、不変の確固としたゆるぎない愛を意味します。その愛に支えられた神のご計画を成就させるという契約です。
  • ノアの契約はもう決して洪水によって滅ぼす(リセットする)ことをしないという約束であり、アブラハムの契約はアブラハムから多くの子孫が生まれ、約束された土地が賦与され、地上のすべての民族がアブラハムの子孫によって祝福されるという契約です。その契約は永久不変であるばかりか、必ず実現するという約束です。ここで、ダビデ契約を確認しておきましょう。

    【新改訳改訂第3版】Ⅱサムエル記7章11~17節
    11「・・・さらに【主】はあなた(ダビデ)に告げる。『【主】はあなたのために一つの家を造る。』
    12 あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子(イェシュア・メシア)を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。
    13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。
    14 わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。
    15 しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。
    16 あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。」

  • ダビデ契約はメシア王国(千年王国)において成就します。この神の約束に対する信仰こそが、神の民の魂を生かすことになるのです。また、それは神の民イスラエルのみならず、今やイェシュアに対する信仰によって彼らに接ぎ木された異邦人も同様です。「とこしえの契約(ベリート・オーラーム)」の成就を学ぶことを通して、神のマスタープランに対する目が開かれます。使徒パウロは「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。」と言い(Ⅰコリント13:13)、「その中で一番すぐれているのは愛です」と言いましたが、神のマスタープランに対する信仰と希望を知らずしては、神の愛は宙に浮いたものとなるのです。愛だけを取り出してそれを強調して語ったとしても、神の救いの歴史という舞台が明確でなければ、信仰と希望をもたらす神の愛の真実さ、不変性を真に伝えることはできないのです。

3. ダビデ契約を成就するメシア

  • 3節の「ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ」を受けて展開していく内容が4~5節に記されています。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書55章4~5節
    4 見よ。わたしは彼を諸国の民への証人とし、諸国の民の君主とし、司令官とした。
    5 見よ。あなたの知らない国民をあなたが呼び寄せると、あなたを知らなかった国民が、あなたのところに走って来る。これは、あなたの神、【主】のため、また、あなたを輝かせたイスラエルの聖なる方のためである。

  • イザヤ書における「見よ」は、「終わりの日」、すなわち終末に起こることを指し示す常套句です。4節の「彼」とは、君主(王)としての職務を行使する者のことであり、それはメシアなる「イェシュア」を示唆しています。このメシアが全世界を統治するという預言です。
  • その統治の範疇には、ユダヤ人のみならず、異邦人も含まれていることが預言されています。「あなたを知らない国民」とは、神の民として見なされていない国民(異邦人)のことであり、「あなた」とはメシア自身のことです。異邦人もメシアによって呼びかけられることで、ダビデに約束された「一つの家」に加えられるという約束です。メシアは神によって任命されて、ユダヤ人と異邦人に普遍的な、永遠の王国の祝福を与えるのです。
  • 使徒の働き15章にはこう記されています。

    【新改訳改訂第3版】使徒の働き15章16〜17節
    16 『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。
    17 それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。


4. 神の思いと道は、人間のそれと天地の差がある

【新改訳改訂第3版】イザヤ書55章9~11節
9 天が地よりも高いように、わたしの道はあなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
10 雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。
11 そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。

  • 9~11節は、8節で語られた「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なる」ということの例証です。「わたしの思い」とは、神のご計画(マスタープラン)のことであり、「わたしの道」とは、約束の実現にしても、人間の贖い、罪の赦し、異邦人の救いについて、それは人間が考えるようなものではないということです。
  • 10節以降は自然の法則を援用しながら、神のご計画は必ず成就することを示しています。やがて神の切り札である御子イェシュアによって語られた「御国の福音」は必ず成就するのです。メシア王国の基調は全世界的な規模の「喜び」と「平安」です。使徒パウロは次のように語っています。

    【新改訳改訂第3版】ローマ人への手紙8章18~21節
    18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。
    19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望んでいるのです。
    20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。
    21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます


    【新改訳改訂第3版】イザヤ書55章12~13節
    12 「まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。
    13 いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは【主】の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。



2014.11.15


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