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バルクに対するいのちの保障の約束

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46. バルクに対するいのちの保障の約束

【聖書箇所】 45章1節~5節

ベレーシート 

  • 45章はエレミヤ書の中で最も短い章です。この章から何を瞑想するか。短いだけに、瞑想の訓練としては最良のテキストです。なぜなら、そこで語られている重要なことが絞られやすいからです。
  • ここでのトピックは、エレミヤが口述したものを筆記し、巻き物にしたバルクという人に対する神の約束のことばです。エレミヤ書では常にエレミヤの傍らにあり、影のような存在ですが、彼のために一つの章が与えられていることの意味は何かを思い巡らしてみたいと思います。

1. 「わたしは、あなたのいのちを分捕り物として与える」という慣用句 

  • 「わたしは、あなたのいのちを分捕り物としてあなたに与える」という表現は、エレミヤ書の中に4回(21:9/38:2/39:18/45:5)あります。その内訳は、ユダの民に対して語られたのが2回。そしてエレミヤとバルクに対してそれぞれ1回ずつです。
  • この慣用句が意味していることは、いのちは戦利品という意味で、戦いでいのちを落とさないということです。より深い意味では、「神を信頼することによって、どんな状況でも生きながらえる」という、いわば「生存と防衛の保障の約束」ということができます。
  • ユダの民に対して語られた内容は、エルサレムにとどまる者は剣とききんと疫病によって死ぬが、あなたがたを囲んでいるカルデヤ人にくだる者は、生存と防衛の保障が与えられるということです。これはエレミヤに対しても、そしてバルクにも神が約束されたのです。

2. 生存と防衛が保障されるという祝福が意味すること 

  • 生存と防衛が保障されるということは、何を意味するのでしょうか。何が目指されているのでしょうか。その問いの答えは、神に対する働きに専心できるという一事です。
  • 人が生きるための最も基本的なニーズは「生存と防衛の保障」です。人はこの保障のために、生き、そして働いていると言っても過言ではありません。神に選ばれた民の歴史は、この「生存と防衛の保障」を神に求め、信頼して歩むかどうかのテストでした。残念ながら、バビロン捕囚前の神の民はその保障を神に求めることなく、強国の支配や偶像にそれを求めました。そのために神はこの民はリセットすべく厳しい取扱いをしました。
  • イエス・キリストがこの世に来られた目的は、人が生きるすべての保障が神にあることをあかしするためであったとも言えます。主イエスは「生存と防衛の保障」を神に求めるべきことを、「神の国とその義とをまず求めなさい。そうすれば・・」という表現で語られました。「神の国」とは神の統治理念であり、「神の義」とは神との正しいかかわり、すなわち、神への信頼を意味します。そうするならば、神は私たちが生きる上で必要なものはすべて保障すると約束しておられるのです。
  • その保障がなければ、神の事柄に関して専心することができません。常に、私たちはこの世における人間のニーズの揺れの中での「心づかい(思い煩い)」に翻弄され、富の惑わしにもさらされています。そうした状況の中で、常に神とのかかわりを保ち、神に対する働きのために専心できるのは、「生存と防衛の保障」が確かなものであることを信じる信仰によってです。

2013.4.10


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