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パウロに大きな影響を与えた人物ーガマリエルとの出会い


8. パウロに大きな影響を与えた人物ーガマリエルとの出会い

ベレーシート

【新改訳2017】使徒の働き22章3節
「私は、キリキアのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しく教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。」

●「この町で育てられ、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しく教育を受け」とあります。「この町で育てられ」とは、「エルサレムで育てられ」という意味です。同21章39節でパウロは「私はキリキアのタルソ出身のユダヤ人で、」と言っています。彼の生まれ故郷は「キリキアのタルソ」でしたが、勉学のためにエルサレムに上京(「アーリーヤー」עָלִייָּה)し、ガマリエルという律法学者の門下生として厳しい指導を受けたのです。パウロは門下生の中でもとりわけ熱心であったようです。パウロのヘブル名である「サウル」の名の通りでした。「シャーウール」(שָׁאוּל)は「尋ね求める者」で、まさに神を熱心に求める者でした。それが「この道を迫害し、男でも女でも縛って牢に入れ、死にまでも至らせました」という行為に表わされています。

●おそらく、パウロがエルサレムでガマリエルの門を叩いたのは、彼が13歳に「バル・ミツヴァー」(בַּר־מִצְוָה)を受けてからの後と思われます。おそらく15歳だと言われています。ガマリエルから彼はどのような教えを受けたのかと言えば、先祖の律法についての厳しい教育を受けたのです。

●ガマリエルは有名なパリサイ人です。当時、パリサイ派は二つの流れに分かれており、一方はシャンマイ派と言われる律法に最も厳格な流れと、それに対して比較的穏健なヒレル派がありました。パウロの家庭のような離散ユダヤ人はヒレル派に属していました。ですからパウロがエルサレムで律法の修行の際には、ヒレル派のラビに指導を仰ぐのは当然のことであったろうと思われます。ガマリエルはヒレルの孫にあたる人でした。律法に対しては穏健派であったとしても、ラビの教育法はとても厳しかったようです。「ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しく教育を受け」とあるのは、その意味です。

●訓練の内容は、ヘブル語の聖書(成文律法)の研究とその解釈である「口伝律法」に精通させることです。そのため、弟子たちは「だれにせよ、学んだ事柄をたった一つでも忘れたなら、あたかも自分の命を捨ててその責めを負うべきものとみなされる」と警告されながら、記憶力の厳しい訓練がなされたようです。こうした訓練を通して得た多くの知識を、パウロはイェシュアとの出会いによって、「私は、自分にとって得であったこのようなすべてのものを、キリストのゆえに損と思うようになりました」と述べています(【新改訳2017】ピリピ3:7)。だとすれば、パウロの人生においてガマリエルから得た良い影響は何もなかったのかと言えば、そうでもないように思います。

1. ガマリエルが語った至言

ガマリエル.PNG

●ユダヤの伝承では、ガマリエルは非常に尊敬されていたので、普通のラビよりも位の高い称号である「ラバン・ガマリエル」と呼ばれた最初の人になったようです。「ガマリエル」という表記はギリシア語のΓαμαλιήλによるものです。ヘブル表記は「ガムリーエール」(גַּמְלִיאֵל)です。同じ名前の人物が聖書の中にいます。民数記1章10節に、マナセ族の「ガムリエル」という人がモーセとアロンを支える12部族の中の一人として、名が挙がっています。ちなみに、「ガムリエル」とは「神が成熟させる」という意味があります。

●初代教会において、サンヘドリン(ユダヤの最高議会)が使徒たちを殺そうとした時、「民全体に尊敬されている律法の教師で、ガマリエルというパリサイ人が議場に立ち」、語った言葉が記されています。

【新改訳2017】使徒の働き5章34~40節
34 ところが、民全体に尊敬されている律法の教師で、ガマリエルというパリサイ人が議場に立ち、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、
35 それから議員たちに向かってこう言った。「イスラエルの皆さん、この者たちをどう扱うか、よく気をつけてください。
36 先ごろテウダが立ち上がって、自分を何か偉い者のように言い、彼に従った男の数が四百人ほどになりました。しかし彼は殺され、従った者たちはみな散らされて、跡形もなくなりました。
37 彼の後、住民登録の時に、ガリラヤ人のユダが立ち上がり、民をそそのかして反乱を起こしましたが、彼も滅び、彼に従った者たちもみな散らされてしまいました。
38 そこで今、私はあなたがたに申し上げたい。この者たちから手を引き、放っておきなさい。もしその計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。
39 しかし、もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすると、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」議員たちは彼の意見に従い、
40 使徒たちを呼び入れて、むちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと命じたうえで、釈放した。

●このガマリエルの発言はサンヘドリンで語られた言葉です。そして議員たちは彼の進言に従って、使徒たちを殺すことを躊躇し、釈放したのです。その言葉が彼の門下だったパウロの耳に届いていなかったとは到底考えられません。「もしその計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできない。」-これは非常に冷静で客観的な視点であり、至言ではないでしょうか。これがパウロの生涯に影響を与えた一つだと思われます。

2.「とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い」

●なぜそう思うかといえば、パウロが回心する前のイェシュアが語ったことばの中に、「とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。」があります。このことばはガマリエルの言葉を想起させたのではないかと考えます。

【新改訳2017】使徒の働き26章14節
私たちはみな地に倒れましたが、そのとき私は、ヘブル語で自分に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。』

特に後半の「とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。」の部分はここでパウロが初めて明かしていることです。これはパウロの良心に訴えかけることばです。ステパノの語った言葉と行動もパウロの良心に訴えかける声となったと信じますが、自分の師であったガマリエルの言葉も、同じようにパウロの良心に訴えかけていたのではないでしょうか。ダマスコ途上でヘブル語で語られた「とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。」というイェシュアのことばの中に、自分の心が見透かされていることにパウロは気づかされたのではないかと思います。ちなみに、「とげの付いた棒」の「」(κέντρον)が単数ではなく複数であることは、パウロの良心に働いていたものが一つではなかったことを示唆していると言えます。

2019.2.26


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