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パウロを受け入れる使徒たち


4. パウロを受け入れる使徒たち

【聖書箇所】2章1~10節

■ 2章1節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章1節
それから十四年たって、私はバルナバと一緒に、テトスも連れて、再びエルサレムに上りました。

●「それから14年たって」とは、1章18節の最初のエルサレムに上った時(回心後3年)から14年後ということです。その14年間にどういう出来事があったのでしょうか。この間にパウロとバルナバはアンティオキアの教会から遣わされて第一次伝道旅行をしています。ユダヤ人だけでなく、異邦人にも福音が宣べ伝えられて、そこに教会が設立され、ユダヤ人や異邦人が混在するようになりました。しかしエルサレムの教会の信者が異邦人の教会を訪問した時、ユダヤ教のしきたりが守られていないのを見て、彼らは驚き、大きな違反が行われていると思ったのです。エルサレム教会の信者はほとんどがユダヤ人であったために、信者になった者がユダヤ教のしきたりを守り続けるべきかということは問題にもされていなかったのです。しかし、その者たちが異邦人の教会を訪問したときに、問題を引き起こしたのです。そのために、パウロはバルナバと共に、この問題をエルサレムに行って根本的に解決しなければならないと確信したのです。この様子を使徒の働きでルカは次のように伝えています。

【新改訳2017】使徒の働き15章1~2節、4節
1 さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに「モーセの慣習にしたがって割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
2 それで、パウロやバルナバと彼らの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバ、そのほかの何人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。
4 エルサレムに着くと、彼らは教会の人々と使徒たちと長老たちに迎えられた。それで、神が彼らとともにいて行われたことを、すべて報告した。

●使徒15章2節に「パウロとバルナバ、そのほかの何人かが」と記されているので、テトス(「ティトス」Τίτος)もそのうちの一人だったことが分かります。Ⅱコリント8章23節によれば、テトスについて、「彼は私の仲間であり、あなたがたのために働く同労者」と紹介しています。何故パウロがエルサレム行きにテトスを連れて行ったのかと言えば、テトスがギリシア人を父にもった無割礼の異邦人キリスト者であり、異邦人も割礼を受けなければ救われないとするパリサイ派の者で信者となった人々(ユダヤ教信者)との論争において、異邦人でもキリストを信じるならば、どれほどに神に献身的になり得るかを証しするためだったと思われます。

■ 2章2節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章2節
私は啓示によって上ったのです。そして、私が今走っていること、また今まで走ってきたことが無駄にならないように、異邦人の間で私が伝えている福音を人々に示しました。おもだった人たちには個人的にそうしました。

●ガラテヤ書には「啓示」(「アポカリュプシス」ἀποκάλυψις)という語彙が4回(1:12, 16, 2:1, 3:23)使われています。これは、パウロにとって、神からの示しとして極めて重要です。文はここでいったん切れます。〔:〕、ビザンチンテキストは〔上にコンマ〕があります。

●2節の「そして」からの主文の主語と述語は「私は・・示しました」で、新共同訳は「わたしは・・意見を求めました」と訳しています。述語は「 (相手の判断を求めて一件を)持ち出す、示す、述べる、言明する」を意味する語彙で、この箇所と使徒25章14節しか使われていません。その構文の中に、何を「異邦人の間で私が伝えている福音を」、誰に「人々に」「おもだった人たちに」、どこで「(エルサレム)」、どのように「個人的に」、何のために「私が今走っていること、また今まで走ってきたことが無駄にならないように」という構文になっています。

●使徒の働き15章4節には「エルサレムに着くと、彼らは教会の人々と使徒たちと長老たちに迎えられた。それで、神が彼らとともにいて行われたことを、すべて報告した」とありますから、ガラテヤ書2章2節とも符合します。正式な会議に先立って、おもだった人たちと個人的に話し合ったことを示しています。「おもだった人たち」というフレーズは、2節だけでなく、6節にも、そして9節にもあります。9節では「柱として重んじられているヤコブとケファとヨハネ」となっています。「おもだった人たち」の原意は、「何者かであると認められている人たち」であり、9節の原意は「最重要人物であると認められている人たち」です。最重要人物とは「ヤコブとケファとヨハネ」であったことが分かります。

■ 2章3節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章3節
しかし、私と一緒にいたテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を強いられませんでした。

●3節のことばは、エルサレムのおもだった人々が、パウロとバルナバに意見が一致していたことを物語っています。それゆえ、テトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を強いられることはなかったのです。原文は「彼が割礼を受けるように強制されなかった」です。「彼」とはテトスのことです。だれから強制されなかったのか、それは「エルサレムのおもだった人たち」です。それが4節にも受け継がれています。

■ 2章4節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章4節
忍び込んだ偽兄弟たちがいたのに、強いられるということはありませんでした。彼らは私たちを奴隷にしようとして、キリスト・イエスにあって私たちが持っている自由を狙って、忍び込んでいたのです。

●4節に「忍び込んだ偽兄弟たちがいたのに、強いられるということはありませんでした。」とありますが、新改訳改定第三版では「実は、忍び込んだにせ兄弟たちがいたので、強いられる恐れがあったのです」と訳されています。新共同訳は「潜り込んで来た偽の兄弟たちがいたのに、強制されなかったのです」と訳しており、新改訳2017と同じです。いずれも、4節の原文には「強いられる」ということばはありませんから、「強いられるということはありませんでした」ということも、「強いられる恐れがあったのです」という文章もここにはありません。流れとしては、3節のテトスが割礼を強制されなかったのは、「おもだった人たちから」そうされたのですから、新改訳2017の「忍び込んだ偽兄弟たちがいたのに」(いたにもかかわらず)、「(おもだった人たちから)強いられるということはありませんでした」と理解するのが自然です。

●なぜ分かりにくい訳になっているのかと言えば、4節の原文を見てみると、「忍び込んだ偽兄弟たち」の前に置かれている前置詞の「ディア」(διὰ)と接続詞の「デ」(δέ)をどのように訳すかということと、そこで文章の流れが一旦切れて、「忍び込んだ偽兄弟たち」の説明文が続き、5節にはそれに対するパウロたちの対応が挿入されているために、流れを掴むことが難しくなっています。これはパウロの手紙の特徴の一つです。

●ちなみに、「忍び込んだ偽兄弟たち」の説明としては、「彼らは私たちを奴隷にしようとして、キリスト・イエスにあって私たちが持っている自由を狙って、忍び込んでいたのです。」とあります。これも原文では「彼らは、キリスト・イエスにあって私たちが持っている自由をうかがおうとしてやって来ました。私たちを陥れて奴隷にするため(「ヒナ」ἵνα)に。」となっています。

■ 2章5節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章5節
私たちは、一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることはありませんでした。それは、福音の真理があなたがたのもとで保たれるためでした。

●パウロの挿入句は続きます。「忍び込んだ偽兄弟たち」への対応として、パウロたちは「私たちは、一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることはありませんでした。それは、福音の真理があなたがたのもとで保たれるため(「ヒナ」ἵνα)に」と説明しています。パウロたちが一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることがなかったのは、「福音の真理があなたがたのもとで保たれるため」なのです。「あなたがたのもとで」とは「ブロス・ヒュマス」(πρoς ὑμᾶς)で「あなたがたの間で」とも訳されます。「保たれる」と訳された「ディアメノー」(διαμένω)は「とどまり続ける」ことを意味します。

●「福音の真理」(「へー・アレーセイア・トゥー・ユーアンゲリウー」ἡ ἀλήθεια τοῦ εὐαγγελίου)とは何かが問われます。パウロたちが「宣べ伝えた福音」、一時も譲歩できない福音の真理とは何なのでしょうか。これを消極的な面と積極的な面において踏まえておくことは重要です。

●5節の「私たちは、一時も彼らに譲歩したり屈服したりすることはありませんでした」とつながっています。そして4節の後半は、「偽兄弟」が如何なる者たちであるかを説明しています。原文では、「彼らは私たちを奴隷にしようとしてやって来ました。私たちを陥れて奴隷にするためです」という構文になっています。

●使徒の働き15章5節を見ると分かるように、パリサイ派の者で信者になった人たちが立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、モーセの律法を守るように命じるべきである」と主張したことで、使徒たちと長老たちはこの問題について協議するために集まり、エルサレム会議と言われるものが開かれたのです。

■ 2章6節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章6節
そして、おもだった人たちからは──彼らがどれほどの者であっても、私にとって問題ではありません。神は人を分け隔てなさいません──そのおもだった人たちは、私に対して何もつけ加えはしませんでした。

●6節の「おもだった人たちからは」、4節にあった「強いられるということはありませんでした」とつながっていると考えられます。さらに、彼らは「私に対して何もつけ加えはしませんでした」となります。つまり、エルサレム教会のおもだった人たち。すなわち指導者たちとパウロたちとの間には、福音に対する見解の違いはなかったということです。修正したり、手を加えたり、不要な部分を切り取ったり、補足することもなかったということです。

■ 2章7節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章7節
それどころか、ペテロが割礼を受けている者への福音を委ねられているように、私は割礼を受けていない者への福音を委ねられていることを理解してくれました。

●「それどころか」と訳されていますが、原文は「アッラ・トゥーナンティオン」(ἀλλὰ τοὐναντίον)と、より強調されています。「アッラ」(ἀλλὰ)だけでも「それどころか」という強い意味があるにもかかわらず、さらに「反対に」という意味を持つ「トゥーナンティオン」(ἀλλὰ τοὐναντίον)が結びついているからです。福音の見解の相違がなかったばかりか、ペテロとパウロには異なる使命が与えられていることを認めてくれたのです。つまり、ペテロは割礼のある者たちに、パウロは無割礼の者たちに、それぞれ福音が委ねられていることを理解し合うことができからです。「委ねられている」は「ピステュオー」(πιστεύω)の現在完了形です。この時制はそれぞれが召されたときからずっとそうであることを表わしています。

■ 2章8節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章8節
ペテロに働きかけて、割礼を受けている者への使徒とされた方が、私にも働きかけて、異邦人への使徒としてくださったからでした。

●8節の原文には「というのは、・・だからです」を意味する「ガル」(γὰρ)があります。それは7節の理由を示すもので、「というのは、ペテロに働きかけてくださった方が、私にも働きかけてくださったからでした」という構文となっています。

■ 2章9節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章9節
そして、私に与えられたこの恵みを認め、柱として重んじられているヤコブとケファとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し出しました。それは、私たちが異邦人のところに行き、彼らが割礼を受けている人々のところに行くためでした。

●パウロのエルサレムでの会見の成果が記されています。それは「私に与えられたこの恵みを認め(=知って「ギノースコー」γινώσκω)」、「柱として重んじられているヤコブとケファとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し出した」ことです。これは両者の関係が対等のものであることを強調しています。その対等の関係とは、「私たちは異邦人のところへ行き」、「彼らは割礼を受けている人々のところへ行く」ということです。

■ 2章10節

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【新改訳2017】ガラテヤ人への手紙2章10節
ただ、私たちが貧しい人たちのことを心に留めるようにとのことでしたが、そのことなら私も大いに努めてきました。

●最後に両者の合意事項に付帯事項が付け加えられています。エルサレムの「貧しい人たちのことを心に留めるように」ということでした。このことに関して、パウロが異常とも思えるほどに「熱心に努めてきた」ことは、以下の聖書の記述からも知ることができます(Ⅰコリント16:1~4、Ⅱコリント8:1~9, 15、ローマ15:25~28)。第三次伝道旅行の終わりには、異邦人教会で集めた献金を手渡すべく、死を覚悟してエルサレムに上っています。エルサレム教会の信者は経済的に貧しかったのですが、パウロが伝道旅行の働きの報告のために来ていたのは、エルサレム教会が霊的な母なる教会として、その連帯性を大切にしてきたからに他なりません。

①使徒11章27~30節 飢饉がエルサレムに起こったとき、アンティオキア教会はバルナバとパウロを通して救援物資を送っています。
②マケドニアにある教会が「聖徒たちを支える交わりの恵み」にあずかることを熱心に願っているのは、パウロが主にある祝福の循環の恵みを教えたからです(Ⅱコリント8:4)。
③ローマの教会に対して、パウロは「異邦人は霊的なことでは、エルサレムの人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきである」ことを勧めています(ローマ15:27)。


2章1~10節の要約


 

2019.7.18


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