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ヘロデの尋問

No.14. ヘロデの尋問

【聖書箇所】ルカ23:6~12

  • ただならぬ不穏な空気を察したピラトは、「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです。」(ルカ23:5)と叫ぶ群衆の言葉の中に、ある思いがひらめきました。イエスがガリラヤ人であることを確認し、イエスをガリラヤの領主ヘロデのところへ送くりました。「ヘロデもそのころエルサレムにいたから」(ルカ23:6)です。ピラトはこの煩わしい問題をヘロデに押し付けようとしたのです。

1. ヘロデという人物

  • ヘロデという名がつく人物について、新約聖書には数人みられます。最初の者は、イエスが幼かった頃、ベツレヘムの子どもを虐殺したヘロデ。このヘロデはヘロデ大王と呼ばれていました。彼はローマの許可のもとでユダヤ全体を統治していました。しかし彼が死ぬと彼の息子たちに分割されますが、ユダヤはアケラオに与えられましたが、間もなく、彼の手を離れてローマが総督を立てて統治することになります。ピラトもその一人です。ガリラヤとペレヤ地方はヘロデのもう一人の息子アンテパスに与えられ、さらにその北にある領土は三番目の息子ピリポに与えられます。イエスを尋問しようとしているヘロデとは、二番目の息子のアンテパスのことです。
  • かつてヘロデ・アンテパスは弟のピリポの妻ヘロデヤと密通し、自分の妻を追い出してしまいました。それゆえ、バプテスマのヨハネから「あなたが(ヘロデヤを)めとるのは不法です」と言われたことで、ヘロデはヨハネを捕えて牢に入れました。ヘロデはヨハネを殺そうとしましたが、ヨハネを預言者として認めている群衆を恐れてそれができませんでした。ところがたまたまヘロデの誕生祝いがあり、ヘロデの前で踊って彼を喜ばせたヘロデヤの娘(連れ子のサロメ)に、願うものは必ず上げると誓って堅い約束をしてしまいます。そこでヘロデヤの娘が母にそそのかされて要求したのがヨハネの首だったのです。

2. ヘロデの関心

  • そのようなヘロデが恒例の過越祭でエルサレムを訪問したとしても、それは気休めを求める期待からであったことは十分うなずけます。そこに総督ピラトから捕えられたイエスが送られてきた時の反応をルカは次のように記しています。「ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行なう何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。」(23:8)
  • へロデは、なぜピラトが自分のところにイエスを送ってよこしたかということよりも、自分の好奇心を満足させてくれるチャンスがはからずも到来したと考えたようです。ところが、好奇心ゆえにいろいろと質問するヘロデに対してイエスは一言も答えられませんでした。このイエスの毅然とした沈黙に、ヘロデは怒りを覚えたことは言うまでもありません。自分の好奇心を満足させてもらえなかったヘロデはイエスを「侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返し」(22:11)た、とあります。ヘロデとピラトは互いに敵対していたにもかかわらず、イエスを通して、ピラトと仲良くなったとルカは記していますが、イエスを尋問するようにピラトから求められたにもかかわらず、ヘロデはそのことを無視し、むしろイエスを利用してピラトと和解しようとしたのかもしれません。

3. ヘロデ・タイプに対する神のさばきは無言

  • イエスはヘロデに対して終始、全く無言であったということが印象的です。イエスに対する好奇心が強いだけで、その態度はきわめて不真面目。ものごとを真剣に考えようとしない。ただ一方的に自分の見解をしゃべりまくっている。イエスの沈黙はどのような語りかけにもまして雄弁さを物語っているにもかかわらず、その沈黙の意味を少しも考えようともしない。そのような自分中心的な人間に対する神の態度も常に沈黙、無言だということです。つまり、神の静かな声はそのような者の良心にも届かないということです。これは今日においても真理であると信じます。

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