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ヨハネに対する主の委託の声(2)

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18. ヨハネに対する主の委託の声(2)

【聖書箇所】 1章18節

【新改訳改訂第3版】
生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。

【新共同訳】
また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。

【エマオ訳】
また生きている者です。わたしは死んだことがありますが、見なさい、永遠に生きています。また、わたしは死とハデスとの鍵を持っています。


1. 自ら自発的に死んだ者であるが、見よ、永遠に生きている

  • ヨハネが「人の子のような方」を見たときに、死人のようになりましたが、主イエスは自ら自発的に死んだ方です。そのことを示す動詞が「エゲノメーン」(έγενόμην)です。これは「ギノマイ」(γίνομαι)のアオリストで、中態、1人称、単数です。文法的には中態ですが、「ギノマイ」はデポ動詞と言って、意味としては能動態になります。つまり、ここでは、栄光の主イエスが、自ら死んだことを意味しています。新共同訳は「一度は死んだが」と訳し、エマオ訳は「わたしは死んだことがあります」と訳して、そのニュアンスを出そうとしています。
  • つまり、 共観福音書のイエスの十字架の死は受動態で表現され、ヨハネの福音書のイエスの十字架の死は能動態で表現されているということです。黙示録の1章18節も同じくヨハネなので、イエスの死は能動態の意味として、自ら進んで死んだのです。ヘブル書2章14~15節には次のように記されています。

    【新改訳改訂第3版】ヘブル
    14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。

  • 主イエスの死の目的は「その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるため」です。一度限りの死です。その後に(三日目に)、主イエスは死を打ち破ってよみがえり(復活し)、永遠に生きる者となったのです。

2. 「死とハデス」の数々の鍵を持つ者

  • 一度、死んで復活された方は、さらに「死とハデス」の鍵(複数)を持つ者であると自己啓示しています。17節では、地位において「わたしは最初であり、最後です。」と宣言し、18節ではいのちにおいて、永遠のいのちある存在者であることを宣言しています。そしてもう一つの面は、権威において、「死とハデス」の鍵を持っている事を宣言しています。その鍵を持っている者には権威があります。
  • 主イエスが死からよみがえられたことで、サタンの手にあった「死とハデス」の鍵は、主の御手の中に渡されたのです。このことのゆえに、やがてキリストが空中再臨される時も、また地上再臨される時にも、主はご自身に属する者たちを死から解き放つことができるのです。
  • ちなみに、「ハデース」(άδης)はヘブル語の「よみ」を意味する「シェオール」(שְׁאוֹל)の訳語です。「ハデス」はサタンの本拠地であり、その鍵を持つことは、サタンの権勢を閉じ込める権威を持っていることを意味しています。


2013.12.14


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