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ヨハネは自分が見たすべてを証言した

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2. ヨハネは自分が見たすべてを証言した

【聖書箇所】 1章2節

【新改訳改訂第3版】
ヨハネは、神のことばとイエス・キリストのあかし、すなわち、彼の見たすべての事をあかしした

【新共同訳】
ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした

【塚本訳】
ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした


1.  見たすべてのこと

  • この2節は、驚くべき節です。なぜなら、ヨハネは彼自身が見た(見せられた)すべてのこと、すなわち、神のことばとイエスこそまことのキリストであるという事実のすべての事をあかししたとあるからです。2節にある「ホソス」(όσος)という関係代名詞は、限度や程度において、その限りのすべてを意味します。つまり、ヨハネが見た限りにおいて残らず(その分を)、またその深みのすべてを証ししたということです。その内容は、「神のことば」と「イエスがキリストであることのあかし」です。
  • だれもが皆、神からの啓示を見ることはできません。ただ神に選ばれた者だけがそれを見ることが許されます。しかしその選ばれた者が、自分の見たすべてのことをあかしすることがなければ、その責任はその者に問われることになります。

2. 「あかしした」という動詞のアオリストが意味すること

  • 啓示されたことをいのちをかけてあかしすることは、サタンと悪霊たちが最も嫌うことです。2節にある「あかしした」という動詞は「マルテュレオー」(μαρτυρέω)のアオリスト時制が使われています。これが2節の主動詞です。この時制は、単に、ヨハネが文字に書き留めたということではなく、そこにヨハネは自らいのちをかけてあかししたことを強調している「アオリスト」なのです。
  • だれかが主に導かれて、「天国と地獄」のすべてを見せられたとします。そして主は、その者に天国と地獄で見たことをそのまま人々に知らせるように命じたとします。そうでなければ、人々は地獄の存在も、その恐ろしさも信じないからです。また、天国の存在もそのすばらしさも人々が信じないからです。ひとりでも地獄に行くことなく、天国に入れるように、すべてを見せられた者の証言(あかし)は重大です。人々が信じようと信じまいと、また、あかしすることで自分が殉教することになっても、伝えなければならないのです。そのために神に選ばれた者の使命は実に重いと言わなければなりません。その役に選ばれたのが老ヨハネでした。
  • ちなみに、「マルテュレオー」(μαρτυρέω)は、「証言する」という意味ですが、同時に、「殉教する」という意味もあります。ヨハネは、自分が見たもののすべてを、その深みを、殉教の覚悟をもって証言しようとしたのです。事実、ヨハネはそのために、孤島パトモスに流されたのです。サタンは「神のことばとイエス・キリストの証人となる者を嫌います(黙示12:17)。それゆえ、ヨハネが殉教覚悟で記したこの書を読む者は、ヨハネが見た事実を信じるか否かが問われるのです。

3. 「神のことばとイエス・キリストの証し」というフレーズ

  • 「神のことば」と「イエス・キリストのあかし」を組み合わせたフレーズは、他に二度、黙示録の中に使われています。

    ●ヨハネの黙示録 1章9節
    私ヨハネは、あなたがたの兄弟であり、あなたがたとともにイエスにある苦難と御国と忍耐とにあずかっている者であって、神のことばとイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた。

    ●ヨハネの黙示録 20章4 節
    また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行う権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。


2013.11.9


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