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ラビ・アキバという人物

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ラビ・アキバという人物

●ユダヤの賢者ラビ・アキバは今でもユダヤ人の間で最も尊敬されている人の一人です。

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●「雅歌」を正典として聖書の中に入れることに貢献したラビ・アギバという人物です。一見、男女の恋愛歌のように思える「雅歌」がなぜ、聖書の正典に入れられたのでしょうか。旧約聖書39巻が神のことばとして最終的に決定したのは、A.D.92年のヤムニヤ会議だと言われています。その会議で最終的に旧約聖書39巻が決まりましたが、そのとき一番議論されたのが、この「雅歌」でした。多くの反対があったようですが、その会議を指導していたのがラビ・キバでした。

●ここでは、ラビ・アキバについての話を、青木伊作著「頭が良くなるユダヤの勉強法」(中経出版、2009年)の中から引用したいと思います(126~134頁)。子ども向けの話になっています。

●ラビ・アキバはローマ軍によってユダヤ王国の首都エルサレムが破壊される年(A.D.70)の17年前に生まれた。ラビ・アキバの父ヨセフも、またその祖父や曾祖父もみな無学な羊飼いであった。またアキバも子供の頃、貧しく満足な教育は受けられなかった。学校に行く代わりに、アキバは羊の番をしながら家族の手伝いをしていたのだ。

●青年になったアキバは、イスラエルで最も金持ちの一人、カルバ・サブアの羊飼いとして働いていた。カルバ・サブアにはラケルというとても美しい娘がいた。ある日ラケルは彼女の父親の羊の様子を見に野原に出かけた。その貧しい羊飼いアキバは、一瞬にしてラケルに恋心を抱いてしまった。彼の心はとても幸せな気持ちになった。そしてその思いは日に日につのるのだった。

●ラケルは来る日も来る日も羊を見にやってきた。そう、彼女もアキバに思いを寄せるようになったからだ。何日かたった後、意を決したアキバは遂に言った。
「ラケル。私はあなたがお金持ちの娘で、私は貧しいただの羊飼いだということを分かっている。しかし、これ以上黙っていることはできない。私の君への愛を隠しておくことはできないんだ! 私の妻になってほしい。それ以外の幸せはないから!」
ラケルは答えた。
「もしもアキバがトーラーの勉強をし、ユダヤの教育をあきらめずに受けるなら、結婚してもよいです。」と。
その答えにアキバはとても悲しくなった。
「貧しくて、仕事に追われている自分が、学校に行くことなどできるはずがない。年もいっている上、読み書きもろくにできない私が、難しいトーラーなど学ぶことができるだろろうか?」

●ある日、アキバは寂しげに羊の群れの中にたたずんでいた。すると妙なものを見つけた。深い穴が開いた大きな硬い岩である。何がこの岩にこんな深い穴を開けたのだろうか? アキバは不思議に思って近寄ってよくみると、それは上から落ち続けた水の雫によってできた穴であることが分かった。絶え間ない水の雫が硬い岩をも削ったのだ。
「素晴らしい!」

●アキバはそう呟いた。柔らかい水であっても、硬い岩に穴を開けることができるのだ! それはつまり時間の積み重ねがなせる業なのである。それでアキバは悟った。たとえ若くなくても、教育を満足に受けていなくても、トーラーの学びに彼のすべてを賭けることができる。学び続ければ自分は変われるんだ、と。

●カルバ・サブアは自分の美しい娘が、貧しい無学な羊飼いのアキバと結婚すると決めた時、激怒して怒り狂った。カルバ・サブアは、
「もしおまえがアキバと結婚するなら、財産も結婚持参金もやらない。お前の顔など見たくない。出て行け!」
と言って娘を家から追い出した。にもかかわらず、ラケルはアキバのもとに嫁いだのだ。彼らはとても愛し合っていた。

●しかし、その生活はとても貧しかった。はじめは馬小屋のわらの上に眠り、朝アキバはラケルの髪に付いたわらを取り除いてあげた。アキバは羊飼いの職を失い、木こりのようなことをして薪を売って何とか暮らしていた。その日々の生活が忙しく、ラケルとの約束にもかかわらず、アキバには学ぶ時間がまったくなかった。

●やがて子供が生まれた。その長男が学校に通うことになった時、アキバは自分の息子と一緒に学校に通い始めることを決意した。アキバは40歳になっていた。学校の先生はアキバに学問の才能があることをすぐに見抜き、アキバの勉強を応援した。また妻のラケルは「犠牲なしに偉大なことはできない」と言って、「私が家族を支えて働きますから、あなたは偉大なラビになるまで学問に打ちこんでください」とアキバを励まし送り出したのだった。

●そしてアキバはいくつかの学校を通った後、家を離れ当時の有名なラビについて学ぶようになった。ある時、ラケルは夫のアキバがロウソクを買う金さえないことを知ったのだった。それはアキバが夜、暗やみの中で勉強し続けたため、彼の視力が落ちてはていることに気づいたからであった。すぐにラケルはその美しい彼女の髪を切って市場でそれを売り、そのお金をアキバに送った。

●やがて苦学の末、アキバは偉大なラビとなり、彼の名はラビ・アキバとして国中に知られるようになった。その貧しい羊飼いはイスラエルで最も愛されるラビになったのだ。

●ついにラビ・アキバが妻ラケルのもとに戻る日が来た。しかし、彼は一人ではなかった。彼は1万2千人の弟子たちを率いていた、と言われる。偉大なるラビ・アキバが帰ってきたと知った時、村中の人々は出て来て彼を出迎えた。何人かの弟子がラビ・アキバの前に進み出て、ラビのために道をあけた。するとその弟子たちはその通り道にとてもみすぼらしい一人の女性が立っているのを見た。
「そこの貧しい女よ。おどきなさい」と叫んだ。「この偉大なラビのために道をあけろ」と。
その時、ラビ・アキバは言った。
「これは私の妻ラケルです。彼女が私にトーラーの勉強をさせてくれたのです。彼女の助けなしに私はラビになれなかった。そして、あなたも私の弟子になることはできなかっただろう」
そう言うとアキバはラケルを抱き寄せ、そして一緒に喜びに満ち溢れた村の中をともに歩いていったのだった。

●一方、ラケルの父親カルバ・サブアは不幸な思いで日々を過ごしていた。彼はお金持ちではあったが、ラケルに二度と合わないと誓ったことを深く後悔していたのだ。カルバ・サブアは偉大なラビが村に来たことを聞き、そのラビに自分の誓いをどうやって取り消したらよいか尋ねようと思った。もちろん彼は偉大なラビ・アキバが自分の娘と結婚したあの貧しい羊飼いだとは知らなかった。ラビ・アキバもカルバ・サブアに気づかないふりをしていた。そして彼かカルバ・サブアの言葉を静かに聞いていた。そしてアキバは言った。
「今あなたは貧しい羊飼いと結婚した娘を許して、あなたの家に迎え入れますか?」
「はい、もちろん!」
カルバ・サブアは答えた。
「私は彼らが一緒に元気に暮らしていてくれていたらどんなに嬉しいだろうか」
アキバはこらえきれずに思わず、
「お父さん!」
と言ってしまった。
「私がアキバですよ! あなたの貧しい羊飼いです!」
ガルバ・サブアはアキバとラケルを抱きしめた。
彼らは三人一緒に幸せに暮らすようになった。


●その後、A.D.132年、ユダヤ人たちがローマに反乱を起こした時、ラビ・アキバはユダヤの精神的指導者として反乱軍を支持した。それは当時ローマ皇帝がユダヤ人の掟の遵守、トーラーの勉強などを禁じる法律を出していたからであった。しかしやがて反乱は失敗に終わり、ラビ・アキバもローマ軍に捕らえられた。捕まる直前、人々はラビ・アキバに願って言った。
「ローマ軍から逃げてください。捕まったら殺されてしまいます。」と。
それに対しアキバは、
「トーラーには、『あなたは心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛さなくてはならない』と書いてある。これは死に至るまでなすべきことである」
と答えた。

●ラビ・アキバは、人は聖書の勉強に生命を賭ける甲斐がある、と言おうとしたのである。ユダヤの歴史、そして学び方とはこのようなものなのだ。ラビ・アキバは、ローマ軍が来て彼を包囲した時にも、なお弟子たちにトーラーを教え続けていた。

●ラビ・アキバの処刑は早朝に行なわれた。その方法は焼きごてをあてられるという非常に残酷な処刑であった。やがて朝日が昇り、朝の祈りの始まる頃になった。ラビ・アキバは焼きごてをあてられ激しい苦しみの中にありながらも、朝の祈りを唱え始めた。それを見たローマの司令官は、驚いて言った。
「この期に及んでまだそんなものを唱えるのか」
アキバは答えた。
「私は今まで『あなたは心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛さなくてはならない』という祈りを毎朝してきたが、今それを実践できることが嬉しい」
そう言ってラビ・アキバは天に召されたのだ。
このように、ラビ・アキバはトーラー学習のゆえに死んでいった。
ユダヤ人の勉強法というのは、まさに命がけのことであったのである。


2015.8.15


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