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三つの領域における勧め


6. 三つの領域における勧め

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【聖書箇所】Ⅱコリント書6章1節~7章1節

べレーシート

●パウロはこれまで「使徒職」について語って来ています。特に、4章7~12節は使徒職の苦難、13節~5章21節で、使徒職の希望(見えないものにこそ、目を留める)と動機(恐れと愛)、そして目的(和解の務め)について述べています。そしてその当然の結果として、パウロは「神とともに働く者として」、コリントの教会の人々にいくつかのことを勧めて(懇願して)います。第一の勧めとは「神の恵みをむだに受けないようにしてください」というものです。第二の勧めとは互いに「心を開いて」というものです。そのためにパウロはまず自分に与えられた務め(御霊の務め、和解の務め=神とともに働く者として)がそしられないために、どんなことにも人につまずきを与えないために、自分を「神のしもべとして推薦しているのだ」と述べています。さらに第三の勧めは「肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ聖さを全うしよう」というものです。これらはコリントの教会と神とのかかわりにおいて、パウロとコリント教会の人とのかかわりにおいて、自分自身の内にあるかかわりにおいての勧めと言えます。今回はこの三つの勧めについて学びます。

1.「神の恵みを」無駄に受けないようにしてください」という勧め(神とのかかわりにおいて)

【新改訳2017】Ⅱコリント書 6章1節
私たちは神とともに働く者として、あなたがたに勧めます。神の恵みを無駄に受けないようにしてください。

●「勧める」と訳された「パラカレオー」(παρακαλέω)は、「懇願する、願う、呼びかける、勧める、励ます、慰める」という意味で、Ⅱコリント書では18回も使われています。呼びかけの源泉は神で、その神とともに働く者(協働者である使徒)も同じく呼び掛けているのです。原文には「そこで」を意味する「デ」(δέ)があり、その前の事柄を踏まえての当然の結果としての呼びかけになっています。

【新改訳2017】Ⅱコリント書6章2節
神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。

●ここも接続詞の「ガル」(γάρ)があり「(というのは)、神がこう言っておられるからです」となります。前後関係がよりはっきりします。パウロはこの呼びかけのためにイザヤ書49章8節のみことばを引用しています。

●パウロがイザヤ書49章8節のみことばだけを引用して、「見よ、今は恵みの時、今は救いの日です」と言ったのかどうか、について探ってみたいと思います。このイザヤ書49章は第二の「主のしもべの歌」が記されています。ちなみに、第一の「主のしもべの歌」は42章にあります。第⼀の「主のしもべの歌」の特徴は「公義を打ち⽴てるしもべ」です。主のトーラーによって地に「公義」(「ミシュパート」מִשְׁפָּט)を打ち立てるしもべです。マタイの福音書12章17~21節にも引用されています。「ミシュパート」(מִשְׁפָּט)とは神の統治(⽀配)を表わす概念です。しかし第⼆の「主のしもべの歌」の特徴は、しもべの使命が「イスラエルの回復」と「異邦⼈の救い」であるということです。パウロはそのことを知って引用していることになります。

【新改訳2017】イザヤ書49章6節、8節
6主は言われる。「あなたがわたしのしもべであるのは、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのうちの残されている 者たちを帰らせるという、小さなことのためだけではない。わたしはあなたを国々の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」
8【主】はこう言われる。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、わたしはあなたを助ける。わたしはあなたを見守り、あなたを民の契約とし、国を復興して、荒れ果てたゆずりの地を受け継がせる。

●イザヤ書49章1〜6節にある第⼆の「しもべの歌」の内容はしもべの使命についてのものです。その使命とは以下の⼆つの事柄です。

①イスラエルのうちの残されている者たちを帰らせること・・・〔イスラエルの回復〕
②諸国の⺠の光として、地の果てにまで神の救いをもたらすこと・・〔異邦⼈の救い〕

●この⼆つの事柄が神のみこころの中⼼であり、それを実現するしもべこそ、メシア・イェシュアなのです。 全イスラエルの回復(ユダと失われた10 部族を含んだイスラエル)は、⼈の⽬には容易に想像し得ないことです。しかしそれは神が主権をもって実現されるのです。神の究極的なご計画は天にあるもの、地にあるもののすべてが、キリストにあって⼀つになることです。またユダヤ⼈と異邦⼈が共同相続⼈となることです。⼀⽅だけが相続するのではありません。共同で相続するとすれば、それぞれに対して関⼼を持つ必要があります。これがこれからの教会に求められていることだと信じます。

●イスラエルの回復が実現されずに異邦人の救いはないのですが、そのことの神のご計画については何ら説明されることなく、ここではただ「見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。」という事実が提示されています。ここでの「恵み」と訳されたヘブル語は「ラーツォーン」(רָצוֹן)で、神が好意をもって喜んで受け入れてくださることを意味しています。リビングバイブルはこの箇所を次のように訳しています。

「歓迎の門が大きく開かれている恵みの時に、あなたの叫びはわたしに届いた。救いが差し出されている日に、わたしはあなたを助けた。」まさしく今、神様はあなたがたを、喜び迎えようとしておられます。今日、救おうとしておられます。

●それゆえに、神の恵みを無駄にしてはならないのだとパウロは言っているのです。

2. 「心を広く開いて」という勧め(パウロとコリントの教会の人たちとのかかわりにおいて)

(1) パウロの心は広く開かれている
 

●一方、使徒パウロは「自分を神のしもべとして推薦している」と述べています。これも分かりにくい表現ですが、岩波訳は「己れを示す」と訳しています。リビングバイブルではこのように訳されています。下線の部分が「自分を神のしもべとして推薦している」を説明している訳です。

【リビングバイブル】Ⅱコリント書6章3~10節
3 私たちの行動が、だれかをつまずかせたり、主との出会いを妨げたりすることがないように、生活態度には気をつけています。私たちの欠点が、主を非難する口実に用いられたら大変だからです。
4 事実、あらゆる点で、自分がほんとうに神様に仕える者であることを示そうと務めています。次から次へと襲ってくる悩み、苦しみ、困難にも、しんぼう強く耐えています。
5 むちで打たれたことも、投獄されたことも、怒り狂う暴徒に取り囲まれたこともありました。ある時は力尽きるまで働き、ある時は一睡もせずに夜を明かし、また食べる物のない日もありました。
6 健全な生活と良い知らせに対する理解と、忍耐によって、自分の口に偽りがないことを証明してきました。いつも親切にし、愛に富み、聖霊様に満たされてきました。
7 何をするにも、神様の力に助けられて、真実を貫いてきました。神様を敬う人に備わる、すべての武器―防衛と攻撃の武器―を、いつも手にしていました。
8 人に尊敬されようと軽蔑されようと、あるいは非難されようと賞賛されようと、主への忠誠に変わりはありません。人からはうそつきと呼ばれようと、私たちは正直です。
9 この世から無視されても、私たちは神様から認められています。死に直面しながら生きていても、こんなに生き生きしています。傷つけられたこともありますが、死を免れてきました。
10心に痛みがありますが、主の喜びも同時にもっています。貧しくても、ふんだんに霊の贈り物をしています。何も持っていなくても、あらゆるものに満たされています。

●4~7節以降は、さまざまな苦難の状況の中でのリストを挙げていますが、「エン(ἐν)・〇〇〇」という表現で、14項目記しています。ギリシア語の「エン」(ἐν)は「~の中で、~のときに」(状況)「~によって」(手段)を表す前置詞です。8節は「ディア(διά)・〇〇〇」という表現によって2項目記しています。ギリシア語の「ディア」(διά)は「~を通して、~によって」(手段、方法)を表す前置詞です。パウロにとって神の恵みは常にあり、無駄にはしていないのだということです。

【新改訳2017】Ⅱコリント書 6章11節
コリントの人たち、私たちはあなたがたに対して率直に話しました。私たちの心は広く開かれています。

 

(2) コリント教会の人々も「心を開くように」との勧め

【新改訳2017】Ⅱコリント書6章12~13節
12 あなたがたに対する私たちの愛の心は、狭くなってはいません。むしろ、あなたがたの思いの中で狭くなっているのです。
13 私は子どもたちに語るように言います。私たちと同じように、あなたがたも心を広くしてください。

●このように、コリントの教会の人たちに対しても、あなたがたに包み隠すことなく(=率直に)話しました。私たちの心は広く開かれている。ですから、あなた方の方でも心を広くしてくださいと記しています。「狭くなっている」(「ステノコーレオー」στενοχωρεω)に対して、「広く開いている」は「プラテュノー」 (πλατύνω)の完了形、「広くして(開いて)ください」は同じく「プラテュノー」(πλατύνω)のアオリスト命令形です。

3. 肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、聖さを全うしようという勧め

 【新改訳2017 】Ⅱコリント書6章14節~7章1節
14 不信者と、つり合わないくびきをともにしてはいけません。正義と不法に何の関わりがあるでしょう。光と闇に何の交わりがあるでしょう。
15 キリストとベリアルに何の調和があるでしょう。信者と不信者が何を共有しているでしょう。
16 神の宮と偶像に何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神がこう言われるとおりです。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
17 それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らから離れよ。──主は言われる──汚れたものに触れてはならない。そうすればわたしは、あなたがたを受け入れ、
18 わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる。──全能の主は言われる。」
7:1 愛する者たち。このような約束を与えられているのですから、肉と霊の一切の汚れから自分をきよめ、神を恐れつつ聖さを全うしようではありませんか。

関係改善の勧め―神との、パウロとの、そして自分の内にあるかかわりにおけるー徹底した改善が勧められています。なぜなら、私たちは「生ける神の宮」だからです。

(1) 区別される神

●申命記22章10~11節に次のようなことが記されています。

【新改訳2017 】申命記22章10~11節
10 牛とろばとを組にして耕してはならない。
11 羊毛と亜麻糸を混ぜて織った衣服を着てはならない。

●ここでは取り分けること(区別すること)の重要性を教えている箇所です。なぜ「牛とろばとを組にして耕してはならない」のか。それは牛とろばのそれぞれの力を削ぐことになり、有効に畑を耕すことにはならないからです。また羊毛と亜麻糸という性質の異なるものを混ぜることによって、その品質を損なうことになる懸念があるからです。つまり性質の異なるものを同時に使うことは、神の前にふさわしいことではなかったのです。それは神が「聖なる神」であり、区別される神だからです。

●聖さは純粋であることを求めます。純粋とは混じりけのないことを意味します。主のみことばは混じりけのないものであり、神の幕屋の器具も混じりけのない純金で作られていました。使徒パウロは、「私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から・・・語る」と述べています(Ⅱコリント2:17)。イェシュアも「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイ6:24)。これらはレビ記が教えている「聖さ」と深い関係があります。使徒パウロはⅡコリント書6章13節以降でも、聖と俗の区別を厳しく意識して生きることを勧めています。

●使徒パウロはⅡコリント書6章15節で「キリストとベリアルとに、何の調和があるでしょう。」と記していますが、そこにある「ベリアル」(Βελιάρ)はヘブル語の「ベリッヤアル」(בְּלִיַּעַל)のことです。「ベリッヤアル」(בְּלִיַּעַל)は、二つの語彙からなっています。一つは「無い」を意味する「ベリー」(בְּלִי)、そしてもう一つは「価値」を意味する「ヤアル」(יַעַל)です。二つが合成されて「価値のない者」という意味になります。これは後に「サタン」の別称となります。主にある者たちが「ベリアル」とつり合わぬくびきをいっしょにつけないために、事実をよく「調べ」「探り」「よく問いただす」べきことを神のトーラー(申命記13:14)の中で命じています。以下は真実を求める「調査用語」です。

①「調べる(尋ねる)」(「ダーラシュ」דָּרַשׁ)
②「探る」(「ハーカル」חָקַר)。申命記13章14節が初出。
③「よく問いただす」(「シャーアル」שָׁאַל)。初出は創世記24章47節。

(2) 分離の祝福

●私たちは「生ける神の宮」であるゆえに、この世の汚れと一線を引くことが求められています。教会と世との間の境界線はあいまいになってはいけません。「それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らから離れよ。」の「出て行き」「離れよ」もいずれもアオリスト命令形です。これは自発的な決断を求める命令です。そうするならば、「わたしは、あなたがたを受け入れる」と約束されています。「受け入れる」と訳された「エイスデコマイ」(εἰσδέχομαι)は、前置詞「~の中へ」を意味する「エイス」(εἰς)と、「受け入れる」を意味する動詞の「デコマイ」(δέχομαι)の合成語です。新約ではこの箇所にしか使われていない語彙です。神の子イェシュアがそうであったように、「神の懐の奥深くに受け入れられるようになる」という意味です。そのようにして「わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる」という約束が実現するのです。


2019.3.14


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