****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

主に感謝するのは良いことです

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33. 主に感謝するのは、良いことです

【聖書箇所】 詩篇92篇1節

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【読み】
ーヴ レホドート ラアドーイ ウールザール レムハー エルーン

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
【主】に感謝するのは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。
【口語訳】
いと高き者よ、主に感謝し、み名をほめたたえるのは、よいことです。
【新共同訳】
いかに楽しいことでしょう/主に感謝をささげることは/いと高き神よ、御名をほめ歌い
【NKJV】
It is good to give thanks to the Lord, And to sing praises to Your name, O Most High;

【瞑想】

• 1節の「・・・するのは、良いことです」という「良い」は、ヘブル語で「トーヴ」(טוֹב)です。主の大庭に植えられ、主の家に住む者とされた者たちにとっての「良い」こととは、主に感謝することであり、賛美することであり、恵みと真実を告白することです。しかも、朝ごとに、夜ごとに、楽器の響き(ヒガヨン)に合わせてそうすることはなお「良い」ことなのです。

新改訳では「良い」と訳されていますが、新共同訳では「楽しい」と訳され、フランシスコ会や典礼訳では「すばらしい」と訳されています。英語ではgoodです。自分にとって「良いこと」、「楽しいこと」、「すばらしいこと」を日ごとにすることは、私たちのたましいを元気づけます。義務感からすることはそうした力を得ることはできません。この力の源泉はどこから来るのでしょうか。10節をみると「しかし、あなたは、・・・私に新しい油をそそがれました」とあるように、神の愛の歓迎としての聖霊の香油を、日々、新鮮に注がれるからです。

私の牧会する教会では、賛美するときに、歌詞を液晶プロジェクターで壁に映し出し、基本的にはピアノとドラムを伴奏にして歌います。ピアノは音楽の三要素であるメロディー、コード、リズムを表現することのできる楽器ですが、それにドラムが入ることによって、なぜか不思議と集中して歌うことができるのです。当教会のサムエル・ミニストリーにおいて、みことばの瞑想の前に15~20分ほどの連続した賛美をささげますが、そうすることで、神からの新たな油注ぎを受け、そのあとの瞑想において、みことばが開かれるという経験をしています。

「癒しとしてのグレゴリオ聖歌」(キャサリン・ル・メ著、1995年)に聖歌を歌う効用を次のように記しています。

『1960年代の初期、第二ヴァチカン公会議で、日々の礼拝でグレゴリオ聖歌の歌唱を続行すべきかどうか、もっと実質的な活動を優先させ、聖歌を聖務日課からはずすかどうかが検討され、はずすことで決着がついた。ところがほどなくして修道院に変化が起き始めた。それまで一日3~4時間の睡眠時間でも元気に生活していた修道士たちが、非常に疲れ、病気にかかりやすくなった。修道院長は睡眠時間を増やし、700年間続いてきた菜食の掟を破って肉とジャガイモを中心に食事を変えてみたが、望ましい結果は見られなかった。』 真の原因は修道士が聖歌を歌わなくなったことにあった。実は聖歌を歌うことの中に実に不思議な効用が秘められていたのである。

良いことです。It is good!! 主に感謝することは
良いことです。いと高き方の御名をほめ歌うことは

【付記】
It is good ⇒楽譜

2013.3.19


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