****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

先ず、足もとから

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3. 先ず、足もとから

【聖書箇所】 3章1節~32節

ベレーシート

  • 異国の地ペルシアで王の献酌官をしていたネヘミヤが、神からの志を与えられて、自分の故国であるエルサレムの城壁が崩れたままになっており、そのために神の御名が辱しめられていることを自分の親類(兄弟)から聞かされて、彼は心に痛みを覚えます。そして故国エルサレムの城壁再建という困難な仕事を神のお許しがあるならば、ぜひそうさせて欲しいと神に祈りました。その祈りは四か月後に聞かれ、その門戸は開かれました。王はその再建工事に必要なすべての資材を快く提供し、エルサレムに行くまでの旅の安全を保障し、行ってからのあらゆる便宜を計りました。エルサレムに着いたネヘミヤは極秘のうちに用意周到な準備をしたあと、多くの人々に呼びかけ、崩れた城壁の再建工事に取り掛かったのです。
  • 第三章は、その再建工事がどのようにして進んで行ったか、その奇蹟的な再建プロジェクトを記しています。一見、無味乾燥とも思える章ですが、私たちに大切な事柄を伝えようとしています。

1. 連係プレイの重要性

  • まずこの章で目につくことは、「〇〇の次に〇〇が建て」「その次に〇〇が建てた」と続いていることです。これは、城壁の再建工事が緊密な連係を保ちながら行われたことを示しています。
  • 団体スポーツ(野球など)でも連係プレーができているチームは強く、失点も少ないわけですが、この連係プレーができていないチームはミスが多く弱いチームとなります。このことはどんな組織についても言えることです。キリストの教会においても然りです。
  • この章では、まず大祭司のエルヤシブが率先してエルサレムの北側にあった羊の門の再建に取り掛かっています。最高の位にある大祭司が自らの工事に携わっていることが重要です。その他にも、9節、12節、14節以降では、「・・地区の長〇〇が修理した」というように、主立った指導者的な立場にあった人々の名前が挙げられています。この工事は肉体労働を余儀なくされたにもかかわらず、彼らは率先して工事に当たったことで、全体に大きな励ましを与えたに違いありません。もし、そうした指導者的立場にある者たちが、上から命令ばかりしていて、一向に身体を動かしたりしなければ、おそらくだれも働くをしなかったに違いありません。
  • 聖書は、上に立つ人は常に良い模範を示す人であることを求めています。主イエス自身がそうでした。ヨハネの福音書13:13~16、Ⅰペテロ5:4を参照。
  • またこの章には、金細工人や香料作りといった専門職や一般の人々、そして区長の娘たちもこの働きに参加しています。中には、工事に協力しなかった「すぐれた人たち」(「アッディール」אַדִּיר、気位の高い人々とも訳せます)もいたようです(3:5)。

2. どこから始めるべきか

ネヘミヤの城壁.JPG
  • 連係プレーがなされるためには、まず自分自身が整えられる必要があります。それがあってはじめてそれぞれ自分の担うべきところ、委ねられた部分を責任をもって行うことができるからです。
  • 三章でさらに注目すべきことばがあります。それは10節、23節、28節、29節にある「自分の家に面する所を修理した。」という言葉です。城壁の再建工事に携わった人々は、自分の家に面する所、自分の務めにかかわるところをそれぞれ修理しています。大祭司も神殿での礼拝に最も大切ないけにえとなる羊が通る門を修理しているのです。つまり自分の務めの領域に対する責任をもって修理しているのです。
  • ちなみに、「修理する」と訳されたヘブル語は「強くする、強固にする」という意味の「ハーザク」(חָזַק)のヒフィル(使役)態です。新共同訳では「補強する」と訳しています。「修復する」と訳された動詞は「アーザヴ」(עָזַב)という別のことばです。現状のものを取り壊して完全に新しくするというニュアンスなのかどうか、今一、判然としませんが、「アーザヴ」の本来の意味は、「捨てる」「見捨てる」という意味です。
  • 神のための力ある働きは家庭から始まるという原則がこの章を貫いています。このことを軽く考えないようにしたいと思います。教会もそこにかかわる家庭以上にはならないということです。私たちの信仰は家庭において真価が問われます。キリストの教会が力ある働きを果たすためには、まず家庭から取り組みを始めなければならいのです。
  • 詩篇127篇も実はそのことを教えています。前半は「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい」とあります。後半では「矢筒と矢」の比喩を通して、父と子のうるわしいかかわりの祝福(家庭の祝福)が語られています。⇒こちらを参照のこと
    信仰の継承の課題は、主にある私たちにとって大事業ですが、この課題は主の助けが不可欠なのです。


2013.10.29


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