****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

初物をささげるときの祈り・・等

【補完16】 初物をささげるときの祈り・・等


【聖書箇所】申命記 26章1~19節

ベレーシート

  • 26章は12章から始まる詳細な規定の最後の部分です。ここでは以下のように、三つの項目について述べられています。

1. 収穫の初物をささげるときの感謝の祈り(信仰告白)

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  • 神が与えようとしている約束の地、「乳と蜜の流れる地」に住むようになったときは、その地から収穫されるすべての産物の初物を、かごに入れ、主が御名を住まわせるために選ぶ場所へ行かなければならないことが記されています。「主が御名を住まわせるために選ぶ場所」とは、契約の箱が安置される場所のことで、ヨシュアの時代は「シロ」、ダビデの時代は「エルサレム」です。
  • また、カナンの地での七大産物と言えば、申命記申8章8 節にあるように、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブ油、蜜」です。「蜜」とは「なつめやしの実」のことです。
  • 初物を入れる「かご」と訳されたヘブル語は「テネ」(טֶנֶא)で、旧約では4回しか使われていません。しかもその4回はすべて申命記にあります(26:2, 4/28:5, 17)。おそらく特別仕様の「かご」であったと思われます。「かご」については脚注を参照のこと。「かご」のイメージを正しく把握すべきです。
  • 「私の父は、さすらいのアラム人でしたが・・」と告白する祈りが5~10節にあります。

①「アラム人」とはどういうことでしょうか。「私の父」とはヤコブ(=イスラエル)のことです。彼の祖父母はアブラハムとサラで、彼らはアラム・ナハライムのハランから神の召しを受けて出発してカナンの地にやってきました。ヤコブの母リベカはアラム・ナハライム出身です。そしてヤコブはこのアラム・ナハニライムに住んでいた母リベカの兄ラバンの二人の娘と結婚しました。みな「アラム」に関係している親族であり、したがって、アラム人とヘブル人は親戚関係なのです。使っている言語もほとんど同じだということです。

②「さすらい」と訳されたヘブル語は動詞「アーヴァド」(אָבַד)の分詞です。基本的な意味は「失う、消え失せる、滅びる、さまよう」という意味です。国のない放浪の旅を続けるアラム人という意味です。ところが、そのような「さすらいのアラム人」でしたが、わずかな人数を連れてエジプトに下り、そこに寄留し、そこで、大きくて強い、人数の多い国民となったのです。そしてエジプトでの過酷な状況の中で、主に叫び、救い出されて、カナンの地に導き入れられ、その地を与えられたことを感謝する祈りをしています。その感謝のしるしが「初物のささげもの」なのです。

  • 私たちキリスト者も、かつては自分の罪過と罪の中に死んでいた者ですが、今や、神のあわれみのゆえに救われた者たちです。このことを忘れてはなりません。その感謝の気持ちを表わすこととして、自分に与えられたすべての初物を主にささげることはきわめて自然なことです。

2. 三年毎にささげる福祉のための十分の一のささげ物

  • 主にささげる十分の一とは、聖所に持っていくささげものとは別のものです。ここでの規定は、自分の地に住む同胞のレビ人、在留異国人、みなしご、やもめのための福祉として、彼らに与えることが規定されています。この規定を守ったことを、聖所に行ったときに示さなければなれませんでした。神から与えられたものを同胞にも分かち与えることは、新約における教会の姿として引き継がれています。

3. 神と人との誓約

  • 26章16節以降には、神と人とが互いに誓約を交わすことが記されています。
    17節「きょう、あなたは・・・御声に聞き従うと断言した。」
    18節「きょう、主は、こう明言された。」
    「断言した」も「明言された」も同じ原語です。ちなみに、新共同訳は「誓約した」「誓約された」と訳し、フランシスコ会訳は「同意した」「同意なさった」と訳しています。
  • 民は主に対して、「主が自分の神であり、主の道に歩み、主のおきてと、命令と、定めとを守り、御声に聞き従う」ことに、主は民に対して、「主のすべての命令を守るなら、賛美と名声と栄光とを与えて、主が造られたすべての国々の上に高く上げ、主の聖なる民とするという約束」にそれぞれが同意したことを、「きょう」という日に確認すべきことが記されています。


語彙ノート
「新聖書辞典」(キリスト新聞社発行。この辞典の特徴は読み表記だけでなく、原語が記されている点でお勧めです。)

●「かご」についてのヘブル語には四つあります。柳の枝、葦、ナツメヤシの葉から作られます。
①「サル」(סַל)・・・・・ 一般的な「かご」を意味する語彙です。
②「ドゥード」(דּוּד)・・・ 果物の入れ物(エレミヤ24:1, 2)
③「テネ」(טֶנֶא)・・・・・初物を神にささげるために用いる入れ物
④「テーヴァー」(תֵּבָה)」・ 幼児モーセが入れられてナイル川に流された「かご」です(出2:3, 5)

●新約の「かご」には二つの語彙があります。

①「コフィノス」(κόφινος)
これは「五千人の給食」に使われている「かご」(12のかご)です。マタイ14:20,16:9/マルコ6:43、8:19/ルカ9:17/ヨハネ6:13。当時のユダヤ人は旅行の時に食糧を入れて携帯するカバンのようなかごを持っていました。ですから、12のかごとは、12弟子の持っていたかごのことだとも解釈できます。それは、弟子たちにはパンに象徴されるみことばの意味を、より深く説き明かす務めがゆだねられているとも言えます。

②「スプリス」(σπυρίς)
これは「四千人の給食」に使われている「かご」です。マタイ15:37、16:10/マルコ8:8, 20。このかごは縄を編んだもので、大型の柔軟な「かご」のことです。パウロはこの「かご」で町の城壁伝いにつり降ろされています(使徒9:25)。

●ここで注目すべきことは、「五千人の給食」のときの「かご」と「四千人の給食」のときの「かご」の違いの必然性についてですが、ここでは課題として提起しておきたいと思います。ちなみにヘブル語では、前者のかごは「サル」(סַל)で、後者のかごは「ドゥード」(דּוּד)と訳されています。


2011.11.15


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