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境界線を引くということ

民数記の目次

29. 境界線を引くということ

【聖書箇所】  34章1節~29節

はじめに

  • 民数記34章には、相続地となる領土の範囲を示す境界線と、やがてイスラエルの民に分配される相続地の責任者の名前が指名されています。
  • 神が約束された地は「カナンの地」であり、そこは「良い地」であり、「乳の蜜の流れる地」です。しかもそれは神の賜物として与えられる「嗣業の地」「相続の地」であり、「安住の地」です。その土地がどこからどこまでがを示す境界線が神によって引かれますが、ある視点から見れば広い土地であり、ある視点から見ればきわめて狭い土地でもあります。

1. 聖書における神が与える領土

  • 聖書には神の民イスラエルに与えられる領土の範囲を記した箇所がいくつかあります。

(1) アブラハムに対して
①創世記13章14~17節

ロトがアブラムと別れて後、【主】はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。・・・立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」

②創世記15章18~21節

その日、【主】はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。」


(2) モーセを通してイスラエルの民に

①民数記34章1~15節

南側⇒西側⇒北側⇒東側 という順に境界が示される

②申命記11章24節

あなたがたが足の裏で踏む所は、ことごとくあなたがたのものとなる。あなたがたの領土は荒野からレバノンまで、あの川、ユーフラテス川から西の海までとなる。


(3) エゼキエルに対して・・47章13~20節

北側⇒東側⇒南側⇒西側 という順に境界が示される

  • 神が民数記34章で示された領土の境界は、ヨシュアの時代においてはそこまで占領できていません。しかしソロモン王の治世になってはじめてそれに近い範囲の領土が与えられています。
  • ヨシュア記の15章~19章にはその時代において占領した地を所有の地として各部族にくじ引きで分割されました。くじによったのは公正を期すためです。

2. 「境界線を引く」という救済史的意義

  • 地図を見ても、聖書に記されている領土の正確な範囲を知ることはできません。というのも聖書に記されている地名が必ずしも明確ではないからです。しかし重要なことは、神が与えられる領土には明確な範囲が示されているということです。その範囲内を神が与えられたことによってそこを占領し、所有し、後々までも受け継ぐことができたのです。
  • 神が与える地は限りなく広い領土ではなく、あくまでも限定された範囲内でした。しかしそのことが指し示している本体は(つまり新約時代においては)「天の御国を受け継ぐこと」です。したがって、旧約の限定された「約束の地」は、いわば新約時代に啓示される霊的祝福の手付金的賦与と言えます。新約時代にはなにを受け継ぐかといえば、それは神の国とそのすべての祝福です。
  • 神がイスラエルの民に賦与してくださる「相続地」は、ヘブル語で「ナハラー」נַחֲלָהということばです。このことばはもともとくじによって分け前に与るとか、所有という意味です。カナンの地は主からの賜物として与えられたものとして、イスラエルの各部族にくじによって分割されます(ヨシュア記14:1~5, 18:4~10)。その土地は永久にイスラエルの民に与えられますが、特にそれは全地の中で主が特別に定められた(境界線を引いた)所でした。と同時に、「相続地」(ナハラーנַחֲלָה)は単に土地だけでなく、レビ人においては主ご自身を「ナハラー」、つまり受け継ぐべきものとされます。特に、詩篇16篇5節、73篇26節はそのことに触れています。
  • ところで、旧約の「相続地」がくじによって割り当てられたという思想が、新約ではギリシャ語の「クレーロノミア」κληρονομία「クレーロー」κληρεωということばに引き継がれます。「クレーロノミア」κληρονομίαは相続財産という意味ですが、新改訳は「御国を受け継ぐこと」と訳しています。この動詞は「クレーロー」κληρεωで「くじで選ぶ、くじで割り当てる、くじで定められる」という意味で、あきらかにヘブル語の「ナハラー」נַחֲלָהに由来していると言えます。
  • エペソ人への手紙1:14では「御国を受け継ぐ」ことの保証として「聖霊によって証印が押されている」とあります。つまり、証印を押すとは、保証の確かさが神の側にあるということです。この「保証」と訳されたことばのギリシャ語が「アッラボーン」άρραβωνで、契約履行の保証として先にいくらか支払っておく手付金(あるいは内金)を意味します。
  • イスラエルの民の相続地も全地の手付金的な土地であったように、天の御国を受け継ぐ保証としての手付金が「聖霊」であるとパウロは述べています(エペソ1:14)。新約時代のキリストにある天のすべての霊的祝福の手付金として「聖霊」が与えられているとすれば、やがては神が与えようとしているすべての祝福を受け継ぐことができると確信して良いのです。
  • やがてイスラエルも、キリストの再臨によって、民族的救いを受けて全世界の支配国となることが神によって定められているのです。

2012.3.6.


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