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恩寵用語Ps15

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詩15篇 「完全な」 תָּמִים ターミーム

〔カテゴリー賦与〕  

2節「正しく(תָּמִים)歩み、善を行い、心の中の真実を語る人。」(新改訳)
2節「それは、完全な(תָּמִים)道を歩き・・」(新共同訳)
2節「全く(תָּמִים)歩み、義を行い、心から真実を語る者がそれ。」(関根訳)

Keyword; 「完全」非難されることのない、罪のない、潔白な、blameless, perfect, without blame 15:2/18:23, 25, 30, 32/19:7/37:18/84:11/101:2, 6/119:1, 80/

  • 「正しく」(完全な、全く)と訳された形容詞のターミーム(תָּמִים)は、旧約では91回、詩篇では12回使われています。ターム(תָּם)も同じく形容詞で同義(37:37, 64:4, 73:4)です。神は完全を要求する方であると同時に、完全を満たす方でもあります。
  • 詩15篇1節には、「主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。」との大いなる問いがあります。その問いを満たす条件がこの詩篇では8項目挙げられています(いずれも隣人とのかかわりにおいて)が、その最初に挙げられているのがこの「ターミーム」です。非難されることのない完全な人です。前篇の14篇では「善を行う者はいない、ひとりもいない」とされているにもかかわらずです。
  • 詩15篇には直接的な恩寵用語は見られませんが、新約の光から見ならば、「キリストにある」者だけがこの問いに確信をもって答えることができます。なぜなら、キリストは、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになるからです(ヘブル7章25節)。これがキリストによるグッド・ニュース(福音)です。
  • 聖書の中で、ターミーム(תָּמִים)ということばが最初に登場するのは創世記6章9節です。地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった主は人を造ったことを悔やまれ、心を痛められました。しかしそんな時代にあってもノアだけが「全き人(תָּמִים)」であり、神とともに歩んだ人物でした。それゆえ神は地上のすべてを洪水によってリセットし、ノアから新しく始めようとされたのです。
  • さらに、神は後に全世界の救いの担い手としてアブラハムを召されましたが、「わたしは全能の神(エル・シャッダイ)である。あなたはわたしの前を歩み、全き者(完全)であれ。」(創世記17章1節)と彼に要求しています。神が常に完全なものを要求される方であるということは、出エジプト記の過越の出来事にも見られます。神が全エジプトに最後のさばきーすべての長子(人も家畜もすべて)に死をもたらすというさばきーを下そうとされた時、イスラエルにそのさばきを過ぎ越させるひとつの方法を示されました。それはそれぞれ家族ごとに一頭の羊(1歳の小羊)を準備させ、傷がないか、欠陥がないか、病気をもっていないかなど5日間のチェック期間をもうけさせました。そこで重要なことは、門柱とかもいに塗られた血が、全く傷のない羊の血でなければならなかったということです。そうでなければ何の効力もなかったからです。小羊の完全な血だけが私たちを救うのです。

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