****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

恩寵用語Ps20

Ⅰ/A(1~41篇) | テキストPs20 | 原典テキストPs20 | 瞑想Ps20/A | 瞑想Ps20/B | 礼拝用語Ps20(1) | 礼拝用語Ps20(2) |

詩20篇「遂げさせる」 מָלֵא マーレー

〔カテゴリー賦与〕

4節「主があなたのすべてのはかりごとを遂げさせてくださいますように。」
5節「主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように。」

Keyword; 「遂げさせる」 満ちる、満たされる、full, grant, make succeed
20:4, 5/33:5/48:10/71:8/72:19/80:9/81:10/104:24/107:9/119:64/126:2

  • 4節、5節で「遂げさせる」と訳された「マーレー」(מָלֵא)は、本来「満たす」「満たされる」という意味の動詞です。旧約では250回、詩篇では21回使われています。しかし詩篇20篇では、強意形のピエル態で「計画がすべて成功するように、願いがすべてかなえられるように」という意味で用いられています。ちなみに、神が「成し遂げる、完遂する」という意味のヘブル動詞「ガーマル」(גָּמַר)があります(57:2/138:8を参照)。
  • 詩篇20篇は、民による王のためのとりなしの祈りです。イスラエルの王は他の国の王とは異なり、あくまでも神の代理者でした。神の代理として神のみこころの中に生き、みこころを求め、みこころを為す王こそ、最も良い、ふさわしい王でした。そうしたイスラエルの王制理念を持った王と民たちにとって、王が神に祝福されることは自分たちが祝福されることでもあったのです。その民たちが王のために「主があなたのすべてのはかりごとを遂げさせてくださいますように。」(4節)、「主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように。」(5節)という祈りは理にかなったことでした。なぜなら、王のすべてのはかりごと(計画)、王のすべての願いは、神のみこころに沿っていると信じていたからでした。なんという王と民の主にある麗しいリーダーシップとフォロワーシップでしょうか。こうした麗しいかかわりのあるところに神の祝福と臨在が現わされます。
  • 「マーレー」(מָלֵא)が恩寵用語として使われている他の箇所をあげてみると、以下のようになります。

33:5 「地は主の恵みに満ちている。」
48:10「あなたの右の手は義に満ちています。」
80:9 「あなたがそのために、地を切り開かれたので、ぶどうの木は深く根を張り、地にはびこりました。」
81:10「あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。」
107:9「まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ(שָׂבָע)、
飢えたたましいを良いもので満たされた。」
126:2「そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。」

  • 御子イエスは今も私たちのためにとりなしておられます。それは「わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」(ヨハネの福音書15:11)とあります。

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional