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恩寵用語Ps29

詩29篇「(御座に)着く」 יָשַׁב ヤーシャヴ

〔カテゴリー統治〕

10節
「主は大洪水のときに御座に着かれた。主は、とこしえの王として御座に着いておられる。」

Keyword; 「着く、着座する」 sit, enthroned, rule, reign, dwell, seat,
2:4/9:4, 7, 11/22:3/29:10, 10/33:14/47:8/68:16/80:1/99:1/102:12/110:1/113:5, 8, 9/123:1/

  • ヤーシャヴ(יָשַׁב)は旧約全体で1,084回、詩篇でも61回という使用頻度の多い動詞です。原意は「座る」(to sit、sit down)で、そこからさまざまな意味が派生して用いられています。「住む」(to dwell)、「とどまる」(to remain, to abide)、「暮らす」(to live)、「王座に着く、御座に着く」(to enthrone)等。
  • このヤーシャヴ(יָשַׁב)は、人にも神にも使われますが、神に使われる場合には「座す、住む」ことが、神として最もふさわしいところにおられることを意味します。たとえば、有名な詩22篇4節に、「あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」(新改訳)、「イスラエルのさんびの上に座しておられるあなたは聖なる方です。」(口語訳)とあるように、聖なる神が座すところ、住まうところは「御座」あるいは、「王座」と呼ばれます。そこにおいて、神はすべてのものを統治し、愛をもって支配しておられます。と同時に、天におられる神は神に逆らって立つ者に対して、その無力さのゆえに、「笑っておられる―(全く問題とされないという意味で)」(詩2篇4節)のです。
  • 詩29篇10節の「主は大洪水のときに御座に着かれた」とは、神の裁きの権威を意味します。この権威は王としてのものであり、神による永遠の統治用語です。この動詞がなぜ恩寵用語かというならば、神は正義をもって全宇宙を支配されるゆえに、私たちは自分から報復の必要はないからです。神が正義をもってすべてを裁かれる時が来るからです。
  • 新約のエペソ人への手紙の重要なキーワードの一つは「座す」という動詞です。「座す」ことがなければ、「歩く」ことも「立つ」こともできません。神がキリストをよみがえらせた究極の目的は「天の所に座らせる」ことです。「神は全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました」(エペソ1:20,21) とあるとおりです。
  • 神の右の座とは「勝利の場」であると同時に、「最も信頼されているあかしの場」です。このキリストとともに、私たちは、「生かされ」「よみがえらされ」「天の所に座らせて」くださったのです(同 2:6)。これは詩113篇5~9節の成就です。
  • 驚くべきことに、そこは天にあるすべての祝福の場所であり、神のすべての権威の基がある場所です。キリストが神の右に座すことによって、私たちにも「御座の祝福」が与えられているのです。このことを信じる者は幸いです。

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