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恩寵用語Ps4(2)

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詩4篇 (2) 「ゆとりを与える」 רָחַב ラーハヴ

〔カテゴリー 救出〕

1節「あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。」 (新改訳)
1節「あなたは悩みの時に、わたしに安らぎを与えられた。」(関根訳)
1節「あなたはわたしが悩んでいた時、わたしをくつろがせてくださいました。」(口語訳)
1節「苦しみからあなたは〔かつて〕私を解き放って下さった。」(岩波訳)
1節「悩みのとき、広々とした所に連れ出し、」(フランシスコ会訳)

Keyword; 「ゆとりを与える、安らぎを与える、くつろがせる、解き放つ」 give relief,
4:1/18:36/25:17/35:21/81:10/119:32
(

  • 「ゆとりを与える」と訳されたラーハヴרָחַב)の本来の意味は、「広くする、広げる、大きくする」という意味です。119:32では「心を広くしてくださる」とあります。旧約で25回、詩篇では6回使われています。「悩みの時に」の「悩み」は「ツァル」(צַר)。本来、「狭い」という言葉ですが、そこから「逆境の時」、「窮地に陥った時」という意味にもなります。「苦しみのときに、ゆとりが与えられる」とは、狭いところが広くされる、窮地にゆとりがもたらされるという恩寵です。
  • 「ゆとり」とは、「主が、ご自分の聖徒を特別に扱われる」(3節)ということを知ることを通して与えられるものだと信じます。それは、物質的、金銭的なゆとりではなく、「存在のゆとり」とも言うべき、神に愛されているという「特別待遇の自覚」によるものだと思います。しかも、それは逆境の中でこそ確認されるものだと信じます。苦しみの中にあっても「ゆとり」があることこそ、神との親密さのあかしと言えます。
  • また「ゆとり」は、4節に「自分の心に語り、静まれ」と命じているように、「沈黙」と密接な関係があると信じます。「沈黙」とは、単に、何も話さず黙っているということではなく、自分の周囲の出来事や状況に対して、ある一定の距離(境界線)を置くことを意味しているように思います。それは周囲の出来事に支配されてしまわないためです。
  • そしてもう一つ、「ゆとり」と関連することばとして、「義のいけにえ」があります。「義のいけにえ」とは神との正しいかかわりを築くことだと私はここでは理解します。ダビデの時代には、モーセの時代とは違って、「動物のいけにえ」でなく、「義のいけに」、「賛美のいけにえ」、「感謝いけにえ」、「喜びのいけにえ」、「従順のいけにえ」という、いずれも神との親密なかかわりを表わす<霊的ないけにえ>が強調されるようになりました。
  • 「ゆとり」―「特別待遇の自覚」-「沈黙」-「義のいけにえ」・・・これらはみなひとつにつながっているように思えます。多くの人々が「だれかわれわれに良い目をみせてくれないものか」と願っている中で、詩篇の作者は、主の「御顔の光」を求めています。これこそイエスの言われた「良い方を選んだマリヤ」のスタイルであり、詩篇瞑想の目的です。そして、すべてはここからはじまっていくのだと確信します。

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