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恩寵用語Ps66(2)

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詩66篇(2)「心に留める」 קָשַׁב カーシャヴ

〔カテゴリー愛顧〕

19節「しかし確かに、神は聞き入れ、私の祈りの声を心に留められた。」(新改訳)
19節「しかしヤーヴェは聞き、わが願いの声に耳を傾けられた。」(関根訳)

Keyword; 「心に留める、耳を傾ける」 hear. Listen, pay attention,5:2/10:17/17:1/55:2/61:1/66:19/86:6/142:6

  • 牧会カウンセリングの世界で「傾聴」ということばがあります。その場合、相手の表面的な状態を「聞く」のではなく、相手の内的世界、すなわち心のうめきや深みを「聴く」ということです。(「聞く」と「聴く」を使い分けています) この働きの源泉は、実は神にあります。というのは、神が私たちの祈りを聴いて下さるという場合、表面的な事柄ではなく、私たちの心の内面のうめきや魂に対して注意深く聴いてくださるからです。
  • 詩66篇19節では、「神は聞き入れ」の「聞き入れ」にはシャーマーשָמַע(shama`)という動詞が使われ、「私の祈りの声に心を留められた」の「心に留める」にはカーシャヴקָשַׁב(qashav)使われています。後者は注意深く聴くという意味、まさに心の内面のすべてを聴くという意味で使われています。
  • カーシャヴקָשַׁב(qashav)「心に留める」と訳しているは、新改訳、フランシスコ会訳、そして典礼訳です。関根訳は「耳を傾けられた」、岩波訳は「聞き入ってくださった」、新共同訳は「聞き入れてくださいました」、バルバロ訳は「御耳をかされた」、口語訳は「みこころをとめられた」、文語訳も「御意(みこころ)をとめたまえり」、LB訳では「(神様が)身を乗り出すようにして、聞き届けてくださいました」と訳しています。カーシャヴקָשַׁבは、神が私たちの祈りを無視することなく、むしろ、私たちに対する関心度がいかに大きいかをうかがい知ることのできる動詞といえます。カーシャヴקָשַׁב(qashav)は、旧約では46回、詩篇では8回のみです。その8回の内6回は嘆願形で用いられています。
  • 新約聖書のヘブル書2章1節に「ですから、私たちは聞いたことを、ますますしっかり心に留めて〔「プロセコー」προσεχω〕、押し流されないようにしなければなりません。」とあります。単に聞くだけでなく、注意深く聴くことが強調されています。私たちは神の傾聴に学びながら、神に対して、あるいは人に対しても、日々、「傾聴」することを学ばなければなりません。それは、相手の心を開かせる前に、相手に対して自ら「心を開く者となる」ことを意味します。その訓練として、まず、自分自身が神によって「心を留められている」存在であること、神が私の祈りに耳を傾けくださっているという実感をもっていることが必須だと信じます。
  • カーシャヴקָשַׁב(qashav)の類義語は神が人のことを「心にかけて忘れない」という意味での「心を留める」と訳されたザーハルזָכַר(zakhar)。どこまでも世話をし、面倒を見ながら心に掛けるという意味での「顧みる」と訳されたパーカドפָּקַד(paqad)があります。

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