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恩寵用語Ps74

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詩74篇 「目を留める」 נָבַט ナーヴァト

〔カテゴリー愛顧〕

20節a「どうか契約に目を留めてください。」 (新改訳)
20節a「契約を顧みてください。」(新共同訳)

Keyword; 「目を留める、顧みる」 look, see, consider,
10:14/13:3/33:13/74:20/80:14/84:9/94:9/102:19/104:32/142:4

  • 20節に「目を留める」と訳されたナーヴァトנָבַט(navat)は、旧約で69回、詩篇では17回、イザヤ書でも15回と使われています。いわば、ナーヴァトנָבַטは詩篇とイザヤ書の特愛用語と言えます。
  • このことばが聖書に最初に登場するのは創世記15章、主がアブラムに対して「さあ、天を見上げ(נָבַט)なさい。それを数えなさい。・・あなたの子孫はこのようになる」と語られたところです。つまり、このナーヴァトは礼拝用語にも恩寵用語としても使われています。詩篇だけでもその使用比率は、恩寵用語としての用例は礼拝用語に比べて3倍強です。そのうちの一つが詩74篇20節です。
  • ナーヴァトנָבַטの意味は、単に「見る」という意味ではなく、じっと見る、しかも深い考えと配慮をもって注視するという意味です。すべてのことを見通しておられる神が関心をもって、愛を持って注ぐ愛のまなざしとも言えます。詩74篇ではそのようなかかわりを神に求めています。
  • イスラエルの民たちのアイデンティティを象徴するエルサレムの「聖所」はことごとく廃墟にされています。いつまでそうなのか、神は沈黙しておられるように見えます。しかし神の沈黙には深い意味が隠されています。2節の「思い起こしてください」、および18節と22節の「心を留めてください」には、いずれも同じ動詞ザーハルזָכַר(zakhar)が使われています。これは、remember、忘れることなく思い起こす、思い出すことを意味する動詞ですが、作者が神にそのように嘆願していることは、同時に、自分もそのことをしていると考えるのが自然です。かつで神が自分たちになしてくださった奇しい神のみわざの数々、また、自分たちの失敗によって御名を傷つけてしまったことの「思い起こし」の作業を通して、あらたな神との絆が回復されることを願っています。
  • このような「思い起こし」によって、神の民に与えられていた契約の存在に目が開かれていったものと思います。20節に言われている「契約」は、シナイ契約のことではありません。もうひとつの別のサイトにある「契約」のことで、この契約はノア、アブラハム、ダビデを通して流れている神の一方的な恩寵による契約のことです。作者は、この契約に「目を留めてください」と神に祈っているのです。「なぜ」、「いつまで」続くのか分からない民の現状は大きなストレスです。しかし、神がアブラハムに約束された契約を民自身も「心に留める」ようになることが神の深いご計画であったようです。
  • 類義語として、シャーアーשָׁעַה(sha`ah)があります。旧約で13回、詩篇では2回(39:13, 119:117)です。恩寵用語としての意味では創世記4:4に出てきます。「アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で持ってきた。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。」とあります。ここでは、主が「好意をもって目を留められた」ことを表わしています。一方、兄のカインのささげ物には、主は目を留められませんでした。礼拝用語としてのシャーアーは、詩篇119:117で「私をささえてください。そうすれば私は救われ、いつもあなたのおきてに目を留めることができましょう。」とあり、作者は主の掟に対して、「好意と関心をもって目を留める」ことを意味しています。

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