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恩寵用語Ps75

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詩75篇 「(御名は)近くにある」 קָרוֹב カーローヴ

〔カテゴリー愛顧〕

1節b「御名は、近くにあり」 (新改訳)
1節b「御名はわたしたちの近くにいまし」 (新共同訳)

Keyword; 「近い」 near, close, neighbor,
15:3/22:11/34:18/38:11/75:1/85:9/119:151/145:18/148:14

  • 「御名は、近くにあり」と訳された「近く」は動詞ではなく形容詞です。神は遠くにおられる神ではなく、近くにあってくださる神です。このことが私たちにとって恩寵です。私たちはしばしば神が遠くに、あるいは不在であるように思えることがあります。しかし、詩75篇の作者は「御名は、近く」にあることを経験したようです。
  • 「近く」と訳された形容詞のカーローヴ(קָרוֹב)は、旧約で77回、詩篇では9回使われています。動詞はカーラヴ(קָרַב)です。すでに詩65篇の恩寵用語として「神に近寄せられる」を取り上げています。名詞形のケレヴ(קֶרֶב)は、近寄せられて、神が私たちの「うちにある(within)」恩寵として用いられています。例としては、詩46篇5節の「神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない」に見られます。他に、名詞形で「近くにあること」を意味するキルヴァー(קִרְבָה)は詩73篇28節の「しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。」で使われています。
  • 「近い」とは距離的概念ではなく、かかわりにおける親密さをあらわす概念です。それが人と人の場合に用いられるときには「隣人」(neighbor)という関係になります。
  • さて、詩75篇では神が近くにおられることを歴史的な出来事として経験し、「神に感謝します」と述べています。その感謝の理由は、6節以降にあるように「人を高く上げるルーム(רום)のは神だから」です。おそらく歴史的な出来事というのは、アッシリアやバビロンといった、自らを誇り、神に逆らう高慢な者たちを対するさばきを表わしていると考えられます。神は彼らを滅ぼし、ご自身の民を顧みられました。そこに神が近くにおられたことを改めて知ったと言えます。
  • 私たちも神が遠くにいるように感じられる経験をすることがあります。しかし実は、神は常に私たちの近くにおられるのです。それゆえ、どんなときにも「御名は、近くにあり」と告白できる者となりたいものです。
    34篇 18節「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。」
    119篇151節「しかし、主よ。あなたは私の近くにおられます。」
    145篇 18節「主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。」
  • 「打ち砕かれた者(アニー)」、「主を呼び求める者」、「まことをもって主を呼び求める者すべてに」、主は近くあってくださることに心を留めるとともに、それを実生活の中で経験できるようになりたいものです。

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