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恩寵用語Ps83

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詩83篇「かくまう」 צָפַן ツァーファン

〔カテゴリー愛顧〕

3節b「あなたのかくまわれる者たち・・・」(新改訳)
4節b「あなたの秘蔵の民・・・」(新共同訳)
4節b「あなたの宝の民・・」(関根訳)
4節b「あなたに保護されている者たち・・」(岩波訳)

Keyword; 「かくまう、秘蔵する、隠す」 keep safe, store up,
10:8/17:14/27:5/31:19, 20/56:6/83:3/119:11

  • 「かくまわれる」と訳されたツァーファンצָפַן(tsaphan)は、すでに詩27篇でも取り上げていますが、再度、取り上げて味わってみる価値のある動詞です。旧約では32回、詩篇では8回です。その8回のうち恩寵的に使われているのは5回です、神の民に対する神の特別な親愛を表わす用語で、愛情をこめて大切にする、かわいがる、慈しむ、隠す、良いものをたくわえているという意味で、17:14/27:5/31:19, 20/83:3で用いられています。
  • 礼拝用語としてのツァーファンצָפַן(tsaphan)は、神のことばをたくわえる(隠す)と言う意味で、119:11に使われています。もう一つの用法として、敵が隠れたところで待ち伏せているという意味で、10:8/56:6で使われています。
  • 神は神の民をかくまい、神の祝福をその人にたくわえらておられます。なぜなら、自分の秘蔵の子だからです。神の民も神に罪を犯さないために神のことばをたくわえる(心の中に隠す)、こうしたかかわりを秘めたことばがツァーファンצָפַן(tsaphan)です。
  • ヘブル語のコンコルダンスを引くと、この動詞が最初に登場するのは出エジプト記2章2節です。モーセの母はかわいい男の子を産んだ時、そのかわいいのを見て、三か月の間、その子を隠しておきました(צָפַן)。これは命懸けの行為でした。しかしもう隠し切れないと分かった時、パピルス製のかごを手に入れ、その中に自分の子を入れ、ナイルの岸の葦の茂みの中に置きました。ところが、神はエジプトの王女によってこの子を育てさせ、やがてエジプトで奴隷となっていた神の民を連れ出す指導者として隠されていたのです。モーセはいわば神の秘蔵の子でした。
  • また、神の民がヨルダン川を渡って約束の地に入る前に、ヨシュアは二人の斥候をエリコに遣わしました。そのことに気づいたエリコの王はその斥候を捜し出そうとしましたが、自分のところに来た斥候をかくまった(צָפַן)女性がいました。それがやがてダビデにつながることになる遊女ラハプでした。彼女とその家族はカナンの地で救われた最初の異邦人でした。彼女もモーセの母と同様、命懸けで斥候をかくまった(צָפַן)のでした。
  • 詩83篇は今にも自分たちが敵の仕打ちに屈してしまう危機を感じながらも、この詩篇の作者は、自分たちを「あなたのかくまわれる者たち」と言っています。これは驚くべき信仰のアイデンティティです。クリスチャンも同様にこの確信が求められます。この確信があるならば、どんな状況に置かれることがあっても、信仰は「ブレること」はないと信じます。詩篇の瞑想の目的は「ブレない信仰」に立つための日々の「かかわりの修練」と言えます。

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