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成り行きがはっきりするまで静かに待つ

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91. 成り行きがはっきりするまで静かに待つ

【聖書箇所】 ルツ記3章18節前半

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【読み】
ヴァッーメル シェヴィー ヴィティー アド アシェル テードゥイーン ーフ イッール ダーヴァール

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
しゅうとめは言った。「娘よ。このことがどうおさまるかわかるまで待っていなさい。」
【口語訳】
しゅうとめは言った、「娘よ、この事がどうなるかわかるまでお待ちなさい。」
【新共同訳】
ナオミは言った。「わたしの娘よ、成り行きがはっきりするまでじっとしていなさい。」
【岩波訳】
姑は言った。「わが娘よ、ことがどうおさまるかはっきりするまで、じっと待っていなさい。」
【樋口訳】
すると、しゅうとめは言った。「娘よ、静かにしていなさい。この成り行きがはっきりするまで。」
【NKJV】
Then she said, "Sit still, my daughter, until you know how the matter will turn out;
【NIV】
Then Naomi said, "Wait, my daughter, until you find out what happens.

【瞑想】

3章の最後のナオミのことば(18節)に注目したいと思います。

「待っていなさい」(新改訳)「じっとしていなさい」(新共同訳)「待ちなさい」(関根訳)「静かにしていなさい」(樋口訳)と訳されているヘブル語の動詞は「ヤーシャヴ」(יָשַׁב)で、本来、「住む、とどまる、座る」という意味です。ここでは、じっと座っていることが、静かに待つこととして用いられています。それは神の導きに対する「とどまり」です。この「とどまり」の姿勢は神を信じる者にとってきわめて重要なことです。

「私の娘よ。待っていなさい」とルツに語ったのは、ルツのしあわせを願っていた姑のナオミの言葉です。3章1節にナオミがルツにこう言います。「娘よ。あなたがたしあわせになるために、身の落ち着く所を私が捜してあげなければならないのではないでしょうか。」「身の落ち着く所」と訳された「マノーアッハ」(男性名詞) מָנוֹחַは、家庭のことです。そこは憩いの場所、休みの場所、くつろげる所という意味で、いわば英語のホーム(home)に近いイメージです。アットホームな場所を持つことが、ここではしわあせになることと同義に使われています。

すでにルツ1章9節でもナオミは二人の嫁に対して、自分の家に帰って、新しい夫をもって「平和な暮らし」ができるよう願っていました。この「平和な暮らし」と訳されたことばは「マノーハー」מָנוֹחַה (マノーアッハの女性名詞)が使われています。女性にとってのしあわせは、結婚によって得られる精神的な落ち着き、安住できる場所を持つことであったようです。そんな「身の落ち着ける所」(מָנוֹחַ)をルツが与えられてしあわせになることを、ナオミは自分の責任として感じていたことを示しているのが3章1節のことばです。

ちなみに、ここで「しあわせになる」ということばは、形容詞の「トーヴ」(טוֹב)の動詞で「ヤータヴ」(יָטַב)という言葉が使われています。ニュアンスの広い動詞で旧約聖書では108回、ルツ記では3章に3回(1節、7節、10節)使われているだけです。「うまく行く、気持ちがよくなる、喜ぶ、楽しむ、心にかなう、まさっている、巧みである」と言った意味があります。幸福感を表わす動詞ですから、幸福に感じるあらゆるニュアンスを含んでいると言えます。

そしてそのしあわせをつかむ機会がルツに訪れたとナオミは感じたのでした。それゆえにナオミはルツの方から求婚することを教えたのだと考えられます。「あなたはからだを洗って、油を塗り、晴れ着をまとい、打ち場に行くように」と指示しました(3:3)。そして、そのあとにする行為も・・・。結構、大胆です。ナオミのルツの幸せを思うところから来る知恵なのかもしれません。

「私はあなたのはしためルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。」と(3:9)。これは、ボアズがゴーエールとなって買い戻しをしてくれることを前提とした求婚なのです。「買い戻す」とは、ルツとその夫が本来所有すべき財産を買い戻すことであり、そこから得られるものは買い戻した者の所有とはならないというのが律法の定めです。それゆえ「買い戻しの権利」は、それを持つ者にとって必ずしも喜ばしいものではなかったのです。なぜならそれは経済的負担を余儀なくされたからです。

しかし実際には、ボアズよりもっと近い買い戻しの権利のある親類がいました。それゆえボアズは、その親類が果たして買い戻す意志があるのかどうかを確認する必要がありました。その親類が買い戻す意志がなければ、「私があなたを買い戻します」と約束したのです。ことの成り行きがルツの方から進んでいるにもかかわらず、いつしかボアズの方からルツに求婚する形になっています。

果たして、ことの成り行きはどうなるのか。その結論はひとえに神にゆだねるほかありませんでした。それが、今回の「娘よ、このことがどうおさまるかわかるまで待っていなさい。」というフレーズです。

【付記】
ルツ記における「ヤーシャヴ」(יָשַׁב)

2013.5.16


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