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最初の異邦人教会(アンテオケ教会)の誕生

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16. 最初の異邦人教会(アンテオケ教会)の誕生

【聖書箇所】 11章1節~30節

ベレーシート

  • 使徒の働き11章は、最初の異邦人教会(アンテオケ教会)がいかにして始ったのか、そしてその教会が何を大切にして建てられていったかを記している重要な章です。また、そこにはユダヤ人と異邦人のかかわりを示す重要な事柄が記されています。
  • 11章は以下のように三つの部分からなっています。
    (1) 1~18節 ユダヤ人に対する神の導きの次第を説明するペテロ
    (2) 19~26節 アンテオケの異邦人教会の設立
    (3) 27~30節 ユダヤ人の兄弟のために異邦人キリスト者が救援する

1. ユダヤ人の偏見が砕かれる神の確かな導きの確証

  • 異邦人(10章のカイザリヤのコルネリオとその家族)が神のことばを受け入れたというニュースは、エルサレムにいる使徒たちや弟子たちにも伝わりました。しかし、ペテロがエルサレムに戻った時、割礼を受けたユダヤ人たちはペテロが割礼を受けていない異邦人と一緒に食事をしたことで、彼を非難しました。それはユダヤ人にとっては律法違反であり、とても考えられないことであったからです。
  • その非難を受けたペテロはこの次第を順序正しく説明したのです。10章では第三者による記述内容ですが、11章ではペテロ直々の説明です。わずかに違っている箇所はありますが(たとえば、6節の「その中をよく見ると」の部分)、大方、10章に書かれている内容と同じです。重要なことは、ペテロの説明を聞いた弟子たちは沈黙し、そのあとに神をほめたたえました。つまり、異邦人信者をユダヤ人信者が受け入れたということです。この事実は、次に展開される異邦人教会の設立において新たな路線を敷くことになります。

2. アンテオケの異邦人教会の設立とバルナバの励まし

  • ステパノから始まった迫害によって散らされた人々は、エルサレムから遠く離れたフェニキヤ、キプロス、アンテオケまで進んでいきました。当初はユダヤ人にのみ福音が語られまたが、キプロス人とクレネ人がギリシャ人にも語り、主イエスのことを述べ伝えました。すると、大勢のギリシャ人が主を信じて立ち返ったのです。ルカはその出来事について、「主の御手が彼らとともにあったので」とその理由を記しています。
  • このニュースもエルサレムの教会に伝えられました。そしてバルナバがエルサレムの教会の代表としてアンテオケに派遣されました。「派遣された」ということは、バルナバの存在はエルサレム教会(使徒たち)の権威と意志を代表しています。そのバルナバが新しく誕生した教会に対して、どのようにかかわったかが重要です。
  • 11章23節には、バルナバがそこに到着したとき、まず神の恵みを見て喜びました。その後で、彼らを励まし勧めたのですが、その励ましの内容がとても重要なのです。そこでその箇所をいろいろな翻訳で見てみることにします。その前に、その箇所のギリシャ語原文と文法の情報を見てみましょう。

画像の説明

画像の説明

【新改訳改訂3】
心を堅く保って、常に主にとどまっているように
【口語訳】
主に対する信仰を揺るがない心で持ちつづけるように
【新共同訳】
固い決意をもって主から離れることのないように
【岩波訳】
堅い決心をもって主のもとに留まるように
【エマオ訳】
固い決意をもって、常に主に従い続けるように
※「主に従い続ける」=直訳「主に留まる(主の御旨の中に留まる)」。
【柳生訳】
主に対する心からなる忠誠をいつまでもしっかり持ち続けるように
【フランシスコ会訳】
ゆるがない心をもって、絶えず主にとどまるように
【バルバロ訳】
心をしっかりもって主に忠実を守るように
【回復訳】
心を堅く保って主にとどまるように
【新和訳】
心を堅うして主と共に留まり続けるように
【蓮見訳】
心を固くして、主にとどまり続けるよう
【泉田訳】
堅い決心をもって主にとどまるように
【NTD訳】
彼らが固く決意したとおり主のもとで忠実であり続けるようにと(だけ)
【リビングバイブル訳】
どんな犠牲をはらってでも、絶対に主から離れないように

  • 上記の箇所は、バルナバが新しい異邦人教会に対して、エルサレム教会の意志として伝えたことばです。ここの翻訳からなにが見えてくるでしょうか。多くの異邦人が救われたことを見て、しかもそこに神の恵みを見て驚き喜びましたが、バルナバが彼らに繰り返し忠告し、励ましたことは、一語でいうならば、「主にしっかりととどまること」でした。それがどういうことかはここでは説明されていませんが、このことはイエスが弟子たちに強調して語ってきたことでした。
  • バルナバはこの働きに最もふさわしい適任者として、サウロ(後のパウロ)を捜しに自らタルソへ行き、彼をアンテオケの教会へ連れてきたのです。ここにはアンテオケの教会の弟子たちを徹底してキリストにとどまることを身に着けさせる戦略があります。それは教育です。イエスが「種まく人のたとえ話」をされましたが、その中に岩地に蒔かれた種のことが語られています。みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人が、自分のうちに根がないために、しばらくの間はそうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人。異邦人の信者はまさにそうした状態になりかねない懸念がありました。したがって、彼らがみことぱに根を張るためには、「堅い決意をもって、主にとどまる」教育的訓練を施す必要性があったのです。アンテオケ教会のイメージはどうしても世界宣教のモデルとしてみてしまうことが多いのですが、決してそうではなかったのです。神の導きによるDoing の前に、しっかりとBeingに徹していたのです。
  • 救われた人を自分たちの交わりや働き(奉仕)に巻き込んで、仲間意識を育てるというようなやり方ではなく、主と主のみことばにとどまることをさせる訓練と教育が施されたのです。バルナバはサウロをアンテオケ教会においてそのために用いました。そして「まる一年の間」、新しい信者をキリストに根づかせるための教育が施され、その結果、弟子たちははじめてそこで「キリスト者」(クリスティアノス)と呼ばれるようになりました。これは当初、軽蔑用語めいたことばでしたが、異邦人の弟子たちがキリストとキリストのことばに根づきはじめたことを物語っています。
  • 教会をどのように建て上げていくか、それはどの教会も悩みの種ですが、初代教会においては、その基本的な方針はきわめて明確であったことを教えられます。「キリストにより近く、より親密にとどまること」-これは、キリストである御子が御父にどのようにとどまったかを知ることです。それは一朝一夕にして身に着くことではありません。自覚的に取り組むのでなければできないことなのです。

3. エルサレム教会に対する異邦人教会のかかわりのモデル

  • 11章27~30節には、異邦人教会がユダヤ人教会に対して救援した最初の出来事で記されています。後に、使徒パウロはこのことを「聖徒たちをささえる交わりの恵み」(Ⅱコリント8:4)と述べています。アンテオケ教会もユダヤに住む兄弟たちに救援の物を送る際に「それぞれの力に応じて(柳生訳「お互いにできる限りのものを出し合って」とあるように、その援助の特徴は自発性でした。教会の会計から、あるいは教会員一人当たりいくらという機械的なものでもなく、各自が自由にささげたのです。
  • 異邦人教会はユダヤ人教会からの多くの霊的なものを受けついています。ですから、物資的なものをもって支援することは当然のことだとパウロは考え、異邦人の教会では必ず醵金を集めて、エルサレム教会に届けることを常としていました。これは異邦人がユダヤ人たちを支えるひとつのモデルとなっています。
  • このように、アンテオケ教会のすばらしさは、いろいろな面において、すべての異邦人教会のモデルとなった教会と言えます。

2013.4.11


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