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瞑想(1)「守る」

ב ベート 瞑想(1) 「守る」

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  • 第2のブロック(9~16節)には大いなる問いがあります。その問いとは、「どのようにして、若い人は自分の道をきよく保てるか」というものです。なぜ「若者」なのか? 若い人はことのほか、未熟さのゆえに神の道から迷い出してしまうことが多いからでしょうか。それとも新しい世代の若者のうちから主の祝福の道を歩ませるべく教育的配慮からでしょうか。いずれにしても、この問いに対する答えは「主のことばに従ってそれを守ること」だとしています。
  • ここで「守る」ということばをどのように理解するかが大切です。なぜならこのことばは、詩119篇の中で、なんと72回も使われていることばだからです。しかも各ブロックに登場しています。「おきてを守る」という言葉は、何か窮屈で自由のない義務感を予想します。しかし詩119篇では、「守る」ということが当為であるとともに、自意を表す重要な言葉となっています。つまり、「守る」とは、神ご自身のことばである戒め(律法)に、喜んでお従いすることを意味しています。
  • イエス・キリストが最後の晩餐の席で弟子たちに語った「新しい戒め」というものがあります。その戒めとは「あなたがたは互いに愛し合いなさい」というものです。しかも、その相互愛には、「わたしがあなたがたを愛したように」という愛が前提となっています。またイエスは、「わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。」「だれでも、わたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます」とも語られました。(ヨハネの福音書14章21~23節)
  • ここでは、「愛すること」と、「神の戒めを守ること」とが同義とされています。ですから、詩119篇にある「守る」「守ります」とは、「愛する」「愛します」とも言い換えることができます。
  • 第2のブロックには、他にも、「自意」を表すことばがあふれています。第一ブロックにも登場した「心を尽くして、あなたを尋ね求めています」(10節)という表現。続いて、「あなたのみことばを心にたくわえます」(11節) 「あなたのさとしの道をどんな宝よりも、楽しんでいます」(14節) 「思いを潜め」(15節)「目を留めます」(聖書では「目」とは、しばしば自分の存在のすべてを指します) 「あなたのおきてを喜びとします」(16節)・・です。
  • 自分の好きなことをするのは、実に楽しく疲れません。むしろ時間を忘れるほどです。また驚くほどの力が与えられて生きがいが感じられるものです。この詩篇の作者は神のことばが、自分の楽しみ、自分の喜びとしていたことは驚くべきことです。バビロン捕囚前にはそのようなライフスタイルを送ってはいませんでした。苦しみの経験を通して、はじめてそのようなライフスタイルに導かれたのです。神もそうした結実をもたらすために、あえて、ご自身の民にそこを通らせられたと信じます。

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