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瞑想(3)「練られる」

צ ツァーディ瞑想(3) 「練られている」

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140節
「あなたのみことばは、よく練られていて、あなたのしもべは、それを愛しています。」

  • 「あなたのみことばは、よく練られています」とは、実に不思議な表現です。「徹底的に精錬されている」とも訳されます(フランシスコ会訳の注参照)。リビングバイブル訳はここを「あらゆる角度から神さまのお約束を検討すること」と訳しています。「あらゆる角度から」とは、これまでの自分たちの歴史をあらゆる角度から振り返ったことを意味しています。立ち止まって、神の民としての自分たちのこれまでの歩みを一つひとつ振り返って見る。そこから、神の約束が本当に真実であったことを知らされたのです。主の言われたことは本当であった、真実であった、正しかった、と確信させられたのです。この「気づき」こそ、神の民のライフスタイルをを当為から意欲へと変えていった源泉でした。
  • 振り返り」の大切さ、それは自分のうちにある不純物、不真実への気づきが必要です。どんな尊い銀や金も不純物を完全に取り除くことで、その真価が認められるように、神の民もこの精錬は必要不可欠です。バビロン捕囚という経験は、その「振り返り」を経験する最も重要な時(期間)として神が恵みのうちに置かれました。この「振り返り」は神を瞑想することにおいて大切な部分なのです。
  • 「練られている」と訳されたヘブル語は「ツァーラフ」צָרַף(tsaraph)です。旧約で34回、詩篇では7回です。神にも、人にも使われています。「練る、精錬する、ためす、調べる、試みる」といった意味です。この動詞が最初に登場するのは士師記7章4節で、神がミデアン人との戦いにおいて、神の民を選抜しようとして3万2千の民をためされました。まず、「恐れている者たち」2万2千人を帰らせました。さらに水を飲む飲み方によってためし、結局、3百人を残しました。その3百人とは臨戦態勢を常に崩さずに水を飲んだ者たちでした。神はその3百人の者たちを用いてミデアンの大軍を倒したのでした。
  • 人が神によってためされる(精錬される)箇所としては、詩篇では17:3/26:2/66:10/105:19を参照。一方、神がためされる箇所としては、12:6/18:30/119:40があります。神のことば、神の約束の確かさが多くの時間をかけた「振り返り」によって、検討され、吟味された結果、「純粋」、「真実」であることが確信されたのです。それゆえ、ますます安心して主の約束に拠り頼むことができるようになり、神とのかかわりの絆もより一層強められたたのです。そのことを最もよく表わしているのが、140節後半の「しもべは、それを愛しています」という告白です。
  • 「愛する」と訳されたヘブル語は「アーハヴ」אָהַבで、双方的(契約的)な誠実な愛を意味する「ヘセド」חֶסֶדとは異なり、無条件的な選びの愛を意味します。「選ぶ」ということは決して強いられたことではなく、常に、自発的・主体的意味合いの強いことばです。詩篇119篇の作者が、主のことばをそのような意味で「愛する」אָהַבようになったのは、徹底的な「振り返り」をしたことでした。旧約聖書のモーセ五書、歴史書などはいわば静けさの中で「振り返り」の作業の結果と言えます。
  • 自分の信仰生活を考えるとき、何が自分を動かしてきたのか、しばし立ち止まって、静かに自分を振り返り、神の真実をしっかりと確かめていく必要を感じます。


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