****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps102/A

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瞑想Ps102/A

18節
「次のことが、後の時代のために書き記され、新しく造られる民が、主を賛美しますように。」(新改訳)
「後の世代のために、このことは書き記されねばならない。『主を賛美するために民は創造された。』」(新共同訳)
「それは、来るべき代のために書き記される。そしいて新しい民は神をたたえるだろう。」(バルバロ訳)

  • この18節の聖句が何を意味するのかを考えてみたい。

(1)
・新改訳で「次のこと」と訳されたことばは、新共同訳では「このこと」となっており、バルバロ訳では「それは」となっていて、すでに述べられたことが前提となっている。ここですでに述べられたこととは、「主がシオンを建て、その栄光のうちに現われ、窮した者の祈りを顧み、彼らの祈りをないがしろにされなかった」というものです。ここにある「建て」「現われ」「顧み」「ないがしろにされない」という四つの動詞はすべて完了形で書かれています。ヘブル語の特徴の一つとして、確実に実現することは完了形で表わすというのがあります。13節の定めの時が「来た」も完了形です。この確実な信仰の光が書き記されるべき内容と考えます。

・10節にも「あなたは立ち上がり、シオンをあわれんでくださいます。今やいつくしみの時です。定めの時が来たからです。」とあります。主はシオンのために「定めの時」を用意しておられる。すべてのことに時があります。シオンの再建は究極的には主の「定めの時」に、神が栄光の内に現われることと深く関係しています。


(2)
・「後の時代」(新改訳)、「後の世代」(新共同訳)、「来るべき代」(バルバロ訳)とそれぞれ訳されているが、ヘブル語原典では「レドール・アハロン」となっています。「アハロン」ということばは、本来、終りとか最後を意味することばです。英語ではlast, endと訳されます。従ってこの「レドール・アハロン」は「最後の世代」ということになります。つまり、シオンの再建と神の栄光の到来のメッセージは、人類最後の世代のために書かれたということです。(※これについては、メシアニック・ジューであるルベン・ドロン著『新しいひとりの人』、中川健一訳、ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部、57~59頁参照)

・バビロン捕囚からの解放によって確かにシオンは再建されますが、A.D.70年に再びそれは廃墟と化します。しかし「最後の世代」には、キリストの再臨によって、文字通り、「シオンで主の御名を唱え、エルサレムで主を賛美するために、諸国の民はひとつに集められ、主に仕えるために、すべての王国は集められます。」(22,23節、新共同訳)


(3)
・「新しく造られた民」とは、使徒パウロがユダヤ人および異邦人を含む「新しいひとりの人」という概念で伝えたキリストにある新しい民たち、すなわち「教会」のことです。詩篇の時代の者たちはこの奥義を悟る者はいませんでしたが、知らずに預言的に語っているのです。このように詩篇は神の救いのドラマの最終から預言的に語られていることが多いのです。

・特に20世紀になるまで、イスラエルに関する神のご計画を理解できるクリスチャンはほとんどいなかったことに注目しよう。イスラエルの回復というメッセージは、実に、最後の世代のために取って置かれたのである。

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